最新記事

東南アジア

タイ、帰国後収監されたタクシン元首相に仮釈放の可能性 シナリオ通りとの批判で反政府運動の危機も

2023年9月6日(水)18時35分
大塚智彦

シナリオ通りの展開との見方も

こうした帰国、刑務所収監、警察病院への移送、国王による恩赦という一連のタクシン元首相の処遇をめぐる目まぐるしい動きは「帰国前からタイ貢献党関係者との間でできていたシナリオであり、それに沿った一連の動きではないか」との見方が出ているのも事実だ。こうしたシナリオにはタイ貢献党関係者だけではなく、プラユット前首相自身ないしはその周辺も関わっていたのではないかとの疑惑も浮上している。

実際、総選挙で野党第一党となった「前進党」のピタ党首の首相選出を上院のプラユット前首相支持派や親軍勢力が反対して阻み、第二党だったタイ貢献党が前進党抜きの連立を形成し、プラユット前首相が新設した「タイ国家団結建設党」や親軍政党「国民国家の力党」など11党と組んで新政権を誕生させたここ1カ月あまりのタイ政界の動きは、プラユット前首相の復活シナリオを実現させるためとの見方を納得させるものがある。

さらにこうした情報に加えてタクシン元首相の健康状態に関してもシナリオ通りの展開のための「偽症状」ではないかとの詐病説までささやかれている。

こうなるとタクシン元首相のタイでの「政界復帰ありき」で前政権とタイ貢献党の間でひそかに結ばれた密約の存在が疑われ、それが前政権の影響力を残した人物の新内閣への入閣にまでつながっているのではないかと、タイ政界の闇を指摘する声も出ている。

反政府運動の懸念も

タイ貢献党のセター氏を新首相とする新内閣の閣僚34人が掲載された名簿は9月1日のワチラロンコン国王による承認を得て2日に官報で発表され新政府が実質的にスタートした。

ただ、第一党になりながらピタ党首の首相就任が阻止されて新政権から疎外された形の前進党の支持者、さらに反軍、反クーデターの立場で選挙戦を戦って支持を集めたタイ貢献党の支持者の中にはこうした一連の動きに対する不満が渦巻いている。

そのため、バンコク市内の国会周辺や繁華街、地方都市での反セター内閣の反政府運動が盛り上がるとの懸念も払しょくできない状況だ。2010年にタクシン支持派の赤シャツ集団がバンコク市内中心部や郊外のスワンナプーム国際空港を占拠した「バンコク・ロックダウン」のような状況が生まれる可能性も否定できないといわれ、タイ情勢は予断を許さない状況となっている。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:中国株に戻り始めた国内投資家、外国勢は慎

ワールド

ニューカレドニア、混乱続く マクロン仏大統領が23

ビジネス

英財政赤字、4月は予想上回る 対GDP比で60年代

ビジネス

日鉄のUSスチール買収、米大統領選後に「粛々と協議
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の大群、キャンパーが撮影した「トラウマ映像」にネット戦慄

  • 4

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 5

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 6

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 7

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 10

    「韓国は詐欺大国」の事情とは

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 10

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中