最新記事
ブータン

首相が語る、「世界一幸せな国」ブータンが「カーボン・ネガティブ」で進む道

A BALANCING ACT

2023年6月16日(金)12時55分
ダニシュ・マンズール・バット(本誌アジア版編集ディレクター)
ブータンのツェリン首相

GDPよりGNH(国民総幸福量)を重視する国ブータンのツェリン首相 COURTESY OF PRIME MINISTER’S OFFICE, BHUTAN

<中印という人口大国に囲まれた「幸せな森の国」ブータン。医師でもある首相が語った「理想の国」の導き方とは?>

「温室効果ガスにもビザとパスポートが必要ならいいのに」と、標高平均が世界一高い国ブータンのロテ・ツェリン首相は嘆く。

山がちで深い森林に覆われたブータンは、二酸化炭素(CO2)などの温暖化ガスの排出量が吸収量を下回るカーボン・ネガティブを世界で最初に達成した国とされてきた。だがヒマラヤ山中に位置しているため、他の国々が排出する温暖化ガスによる気候変動の影響を受けやすい。

標高の低い国々は海面上昇によって気候変動の被害を真っ先に受けるとみられがちだが、ブータンでは氷河湖の融解が加速していることが問題だ。

解け出した水によって湖が決壊して鉄砲水が発生し、国民や農業にとって大惨事となりかねない。標高平均が3300メートル近い国の急斜面は豪雨による地滑りが起きやすく、そうした不安定さに地震が拍車をかける恐れがある。

ブータンが直面している難題は自然の要素だけではない。南隣にインド、北隣に中国と、世界で最も人口が多くライバル関係が拡大している2カ国に挟まれ、世界でも特に複雑な地政学的綱渡りを迫られている。

インドは友好国で輸出入の80%を占める一方、中国とは国境画定交渉を進めている。中国は、人口約80万とシアトルをわずかに上回るブータンの一画について、領有権を主張している。アメリカとは、国交はないものの関係は良好だ。

ツェリンは常に外交的な配慮を欠かさない。

「ブータンは非常に平和で、そういう社会はブータンだけでは実現できない。近隣国の力添えがあったからこそだ。彼らの協力で変わらないままでいることができる。今のブータンがあるのは近隣国の善意のおかげだ」と、彼は言う。

仏教国ブータンの元首は、国王としては世界一若い43歳のジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク。54歳のツェリンは政権運営の傍ら、今も週末には医師として首都ティンプーのジグミ・ドルジ・ワンチュク国立病院で手術を行う。

こうした献身的な働き方は、カトリックの修道女で慈善活動に生涯をささげ2016年にカトリック教会の聖人に列せられた故マザー・テレサから影響を受けた部分もあるという。ツェリンの妻もやはり医師だ。

患者の問題だけでなくブータンの制度的問題も解決したいと、ツェリンは国立病院の医師になるためにかかった巨額の研修費用を自己弁済して国立病院の職を辞し、13年に政界入り。医師としてテレビの医療番組に出演していたこともあって知名度は高く、5年後の18年、総選挙に勝利して首相に選出された。

東京アメリカンクラブ
一夜限りのきらめく晩餐会──東京アメリカンクラブで過ごす、贅沢と支援の夜
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

半導体への関税率、EUに「劣後しないこと」を今回の

ワールド

米政権、ハーバード大の特許権没収も 義務違反と主張

ビジネス

中国CPI、7月は前年比横ばい PPI予想より大幅

ワールド

米ロ首脳、15日にアラスカで会談 ウクライナ戦争終
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 2
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何か?...「うつ病」との関係から予防策まで
  • 3
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トップ5に入っている国はどこ?
  • 4
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    輸入医薬品に250%関税――狙いは薬価「引き下げ」と中…
  • 7
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 8
    伝説的バンドKISSのジーン・シモンズ...75歳の彼の意…
  • 9
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 10
    今を時めく「韓国エンタメ」、その未来は実は暗い...…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザ…
  • 9
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 10
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中