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「ダライ・ラマは小児性愛者」 中国が流した「偽情報」に簡単に騙された欧米...自分こそ正義と信じる人の残念さ

MANIPULATING BIASES

2023年6月1日(木)18時02分
マグヌス・フィスケジョ(コーネル大学准教授、人類学)

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インド・ダラムサラの主寺院、ツクラカンを訪れたダライ・ラマ(5月5日) AP/AFLO

その切り出し部分は2月に開設したツイッターのアカウントから「ペド(小児性愛者)・ダライ・ラマ」という見出しを付けて発信された。この動画はデマ拡散用のアカウントや、世界各地の親中派ネットワークを通じて広まった。数日のうちに数百万回ものヒットを記録し、さらに多くのミームが重なった。突如として、ダライ・ラマのことなどろくに知らない大勢の人々が、ダライ・ラマを非難する展開になった。

私が初めて知ったのは、情報通の学者仲間を通じてのことだ。「やりすぎだ。評判に傷が付くことを自覚しているべきだった」と、彼はダライ・ラマをこき下ろした。

だが、実際には何が起きていたのか。実を言うとチベットには昔から、自分の子に口移しで食べ物を与える習慣がある。ダライ・ラマの故郷のアムド地方(現青海省)はもちろんのこと、今でも各地にその習慣は残っている。故にチベットのお年寄りは、孫に与える食べ物や菓子がなくなると舌を出して見せ、「私の舌を食べたらどうだい、もう何も残っていないのでね」と冗談を飛ばす。

ダライ・ラマが「舌を吸え(なめろ)」と言ったのは、あめ玉を想像したせいかもしれない。元のチベット語では、直訳すると、食べ物の代わりに「私の舌を食べろ」だ。

この動画を通しで見れば分かる。そこに性的な要素はない。ダライ・ラマは自分の頭を少年の肩に押し付け、昔はこんなふうにして、兄とよくけんかしたものだと話している。それから少年と額を合わせている。これは欧米の握手と同様、相手に敬意を表する伝統的なしぐさだ。

単純に喜ばしい場面だった

少年も母親もその後、喜々としてインタビューに応えている。母親は数メートル離れた場所で面会を見守っていた。不適切なことなど何も起きていなかったのだ。ダライ・ラマが舌を出す前に、少年は頰と口の両方にキスを受けた。これもチベットでは伝統的な儀礼だ。そして舌を出し、「もう何もない」と示した。それは面会終了の合図でもあった。

少年は初め、ダライ・ラマに「ハグ」していいかと尋ねている。だがダライ・ラマは、その英語の意味を理解できなかったらしい。通常、チベットの人々はハグをしない。握手もしない。それでもダライ・ラマは(チベット伝統の)額合わせとキス、「舌を食べろ」のジョークに加えて、最後はハグと握手にも応じている。動画全体を見れば分かることだ。

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