最新記事

カタールW杯

「返せるはずがない...」W杯の闇──死んだ出稼ぎ労働者の妻たちが、祖国で借金まみれに

Widowed and Helpless

2022年12月20日(火)13時20分
マヘル・サッタル(報道NPO「フラー・プロジェクト」シニアエディター)、バードラ・シャルマ(ネパールのジャーナリスト)
出稼ぎ労働者たち

W杯の会場となったスタジアムの建設では多くの作業員が死亡した REUTERS/Kai Pfaffenbach

<死んだ出稼ぎ労働者たち...祖国に残された妻は、夫の代わりに借金を背負い、社会で居場所を失う>

異例の秋冬開催となった2022年サッカーワールドカップ(W杯)カタール大会。その決勝戦は世界中の2人に1人が観戦したとされる。だがシルミタ・パシは見なかった。

夫のラムサガルがカタールへ向かったのは2年前のことだ。ネパール西部の貧しい農村地帯では、若くて元気な男にふさわしい働き口はめったにない。だからW杯のスタジアム建設現場で働くことにし、出国前には妻に2つの約束をした。帰ってきたら干し草と泥で固めた昔ながらの家を建て替える、そして子供2人を良い学校に行かせると。

ところが夫は半年ほど前、棺に納められて帰国した。英紙ガーディアンによれば、W杯の開催が決まった10年12月以降、カタール国内で炎天下に長時間労働を強いられて死亡し、死亡時の状況が明らかにされていない南アジア出身の出稼ぎ労働者は推定で6500人もいる。

たいていの場合、死亡証明書の死因欄には自然死、原因不明、心停止、呼吸停止などと記されている。だが専門家に言わせると、心停止や呼吸停止は結果であり、遺族が知りたいのはその原因だ。

32歳だったラムサガルの死因は心臓麻痺とされていた。いざ自宅に遺体が運ばれてきたとき、シルミタはとても信じられなかった。「夫はまだ若く、すごく元気だった」と彼女は言う。亡夫の遺した5000ドル以上の借金は、彼女が引き継いで返すしかない。

今回のカタール大会では、その運営に関して人権団体やLGBTQの人たちによる抗議が目立ち、近年まれに見る物議を醸した。それでもFIFA(国際サッカー連盟)によればテレビなどによる視聴者数は史上最多で、次はオリンピックだとカタール政府は息巻いている。その一方で、夫に先立たれたシルミタのような女性は人生を狂わされ、途方に暮れている。

ネパールやバングラデシュ、インドなど、南アジア諸国の夫を亡くした女性は、社会学で言う「三重苦」にあえいでいる。生前は夫も分担していた育児と家事を1人でこなしながら、一家の大黒柱として稼がなければならない。しかも寡婦ということが社会的な恥とされ、誰にも助けてもらえず、夫の親族からは白い目で見られる。寡婦が移民なら、配偶者の公的な死亡証明書を入手するのも一苦労だ。

それだけではない。最大の頭痛の種は借金だ。国外へ出稼ぎに行く男性の多くは、渡航費用などで多額の資金を高利貸しから借りている。夫が死ねば、その債務は妻に引き継がれる。結果、今度のW杯では南アジア全体で何千人もの女性が巨額の債務を負う身となった。

「手の打ちようがない」とシルミタは言う。「働いて、食べ物を手に入れ、子供たちを育てるだけでも大変なのに」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

独経済団体、半数が26年の人員削減を予想 経済危機

ワールド

中国軍、台湾周辺で実弾射撃伴う演習開始 港湾など封

ビジネス

韓国クーパン、顧客情報大量流出で11.8億ドルの補

ワールド

尹前大統領の妻、金品見返りに国政介入 韓国特別検が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中