最新記事

ロシア

「ゴルバチョフって奴は分かりにくい男だよ」──「敗軍の将」の遺産とは?

Gorbachev's Disputed Legacy

2022年9月5日(月)13時27分
ウラジスラフ・ズボーク(歴史学者)

ソビエト連邦が空っぽに

91年8月、クリミアの別荘で休暇を過ごしていたゴルバチョフは軟禁状態に置かれ、副大統領や国防大臣、KGB議長らのグループが、大統領は「健康上の理由で職務遂行不能になった」と発表した。

このときゴルバチョフは、1905年のロシア革命の収束に貢献しながら暗殺された帝政ロシアの首相ピョートル・ストルイピンの運命を描いた歴史書を読んでいた。傍らにはアメリカで刊行されたスターリンの伝記もあった。

革命を手なずけようとした人物と帝国を築いた人物を選んだことは、冷酷に国を支配しようとした2人に対する強い関心を物語っていた。

3日間に及んだ事実上の監禁は、彼と妻ライサにとって非常につらいものだった。首謀者グループはモスクワで市民の血が流れることをためらい、クーデターは失敗に終わった。

しかし、ゴルバチョフがモスクワに戻ると、既にエリツィンが実権を握っていた。残された任期中は2人で国を運営しようと妥協点を探ったが、エリツィンは彼をぞんざいに追い払った。

粗野な権力を嫌悪したゴルバチョフは、ソ連邦を構成する15共和国の指導者などへの権限の委譲を進めた。そして気が付けば、空っぽのソビエト連邦の支配者になっていたが、91年12月25日に辞任するまで威厳を保ち続けた。ソ連の核兵器は、初代ロシア連邦大統領に就任したエリツィンに引き継がれた。

ゴルバチョフがもたらした新しい自由を評価する同胞は多かったが、それ以上に多くの同胞が、経済の混乱とソビエト帝国の崩壊を招いたことを非難した。

「ゴルバチョフを殺したい人の列は、ウオッカを買う列より長かった」という冗談を自ら好んだ。それでも辞任するまで、変化と不安定が渦巻く奈落の底でソ連を導き、連邦が崩壊することなく改革できると、かたくなに信じていた。

ロシアの元指導者としては1世紀ぶりに、引退後も威厳を保って暮らした。講演や広告出演で収入を得て財団を設立し、そこでは側近や歴史家、政治学者らが彼の改革の教訓を議論した。ロシア政界への復帰も試みたが、96年の大統領選の得票率はわずか0.5%だった。

99年にライサが死んだ後は寂しさを募らせた。晩年は欧米の対ロ政策やNATOの拡大を批判するようになったが、民主主義と、人権と、武力不行使の原則にはどこまでも忠実だった。

From Foreign Policy Magazine

ニューズウィーク日本版 コメ高騰の真犯人
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月24日号(6月17日発売)は「コメ高騰の真犯人」特集。なぜコメの価格は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB、政策の柔軟性維持すべき 不確実性高い=独連

ワールド

韓国、対米通商交渉で作業部会立ち上げ 戦略立案へ

ビジネス

日経平均は反発、円安を好感 半導体株高も支え

ビジネス

村田製作所、マイクロ一次電池事業をマクセルに80億
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中