最新記事

生態系

バクテリアからクジラまで 海洋を支配していた生態系の法則を人類は破壊した

2021年11月16日(火)18時43分
松岡由希子

かつて「生物体量は微生物からクジラまであらゆる体サイズでほぼ同じ」だった TPopova-iStock

<スペイン・バルセロナ自治大学環境科学技術研究所などの研究チームは、海洋生物の生物体量を地球規模で分析した>

人類が自然界にもたらす影響について世界的な認知が広がってきたが、その影響は定量的な視点からまだ十分に明らかにされていない。

スペイン・バルセロナ自治大学環境科学技術研究所(ICTA-UAB)、独マックス・プランク研究所、カナダ・マギル大学らの国際研究チームは、海洋生物の生物体量(バイオマス)を地球規模で分析。2021年11月10日、「人類の影響は大型の海洋種に重大な事態をもたらし、海洋の生物多様性全体を劇的に変化させている」ことを示す研究論文を「サイエンスアドバンシズ」で発表した。

マグロの10億分の1の体質量のオキアミは、マグロの10億倍多く存在した

カナダ・ベッドフォード海洋研究所のレイモンド・シェルドン博士が1972年に発表した研究論文では、太平洋と大西洋の約80地点で採取した海洋プランクトンの存在量をもとに「生物体量は微生物からクジラまであらゆる体サイズでほぼ同じ」との仮説が示されていた。

「シェルドン・スペクトラム」と呼ばれるこの仮説によれば、マグロの10億分の1の体質量のオキアミは、マグロの10億倍多く存在し、マグロの生物体量はオキアミの生物体量と地球全体でほぼ同じと考えられる。

研究チームは、約3万3000地点の海洋で生息する従属栄養細菌、植物プランクトン、動物プランクトン、魚類、海洋哺乳類の生物体量を推計し、広範な海洋生物にわたって地球規模でこの仮説を検証した。

その結果、産業革命(1850年)以前は、この仮説のとおり海洋生物が体サイズに関わらず均等に分布し、体質量1~10グラム、10~100グラムといった体サイズごとの生物体量は約10億トンとほぼ一定であった。ただ、バクテリアは予測よりも豊富で、クジラははるかに少ない、という両極の例外があったが、この理由は不明だ。

GraphOfAbundanceVsBodyMassWithIconsShowingDifferentSpeciesRepresented.jpg

Ian Hatton et al, Science Advances, 2021)

研究論文の責任著者でマギル大学のエリック・ガルブレイス教授は「なぜこのような法則による必要があるのか、なぜ小さな種は大きな種に比べて多く存在するのか、その中間に理想の体サイズがあるのか、明らかになっていない。今回の検証結果は、海洋生態系についてまだ解明できていないことがたくさんあることを示唆している」と述べている。

生態系を通じたエネルギーの流れが根本的に変わってしまった

この研究結果では、産業革命以後、上位3分の1の生物体量に人類が影響を及ぼしていることも示している。人間の年間食料消費量のうち魚類や海洋哺乳類が占める割合は3%未満にすぎないが、その影響は甚大だ。体質量10グラム超の魚や海洋哺乳類では生物体量が産業革命以前に比べて60%減少し、最も大きいクジラの生物体量は約90%減少している。

GraphOfBodyMassVsOceanBiomassWithAnimalIconsAbove.jpg

Ian Hatton et al, Science Advances, 2021)

ガルブレイス教授は「人類が海洋生態系の頂点捕食者に取って代わっただけでなく、この200年にわたる累積的影響によって、生態系を通じたエネルギーの流れが根本的に変わってしまった」と指摘した。また「操業漁船を減らすことで我々が生み出してしまった不均衡を元に戻すことができる。乱獲の減少は漁業の収益性や持続可能性を高めることにもつながる。ともに協力して行動すれば、ウィンウィンの関係を築けるだろう」と説いている


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:現実路線に転じる英右派「リフォームUK」

ビジネス

ネクスペリア中国部門「在庫十分」、親会社のウエハー

ワールド

トランプ氏、ナイジェリアでの軍事行動を警告 キリス

ワールド

シリア暫定大統領、ワシントンを訪問へ=米特使
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 5
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中