最新記事

動物

北米からシカの狂牛病=狂鹿病が、世界に広がる......

2021年4月8日(木)19時33分
松岡由希子

これまでに日本での感染は確認されていない...... photographer3431-iStock

<シカの狂牛病=狂鹿病が、アメリカ25州で感染が確認され、カナダ、欧州、韓国に感染が広がっている......>

シカ慢性消耗病(CWD:狂鹿病やゾンビ鹿病とも呼ばれることがある)は、シカ、ヘラジカ、トナカイ、ニホンジカなど、シカ科動物が罹患する伝達性海綿状脳症(TSE)である。いわゆる「狂牛病」として知られるウシ海綿状脳症(BSE)と同様に、感染性を持つ異常プリオンタンパク質が神経組織などに蓄積し、数ヶ月から数年にわたる潜伏期間を経て、やせ衰え、よだれを垂らすといった症状があらわれ、やがて死ぬ。

シカ慢性消耗病を引き起こす異常プリオンタンパク質は糞便や唾液、血液、尿などの体液を介して感染するほか、土や食料、水が汚染されることでも感染が広がると考えられている。

アメリカ25州、カナダ、欧州、韓国に感染は広がった

シカ慢性消耗病は、1967年に米コロラド州で初めてその症状が確認され、1978年に正式に伝達性海綿状脳症の一種として分類された。米国では、2021年1月時点で、カンザス州、ネブラスカ州など、中央部を中心に25州で感染が確認され、カナダでも、サスカチュワン州、アルバータ州などで確認されている。

cwd-map.jpg

25州で感染が確認されている

2001年には、韓国で輸入したカナダのシカから感染が広がった。欧州では、2016年、ノルウェー南西部ノールフィエラで生息する野生のトナカイで初めて感染が確認され、その後、スウェーデンやフィンランドでも見つかっている。なお、これまでに日本での感染は確認されていない。

米国農務省(USDA)動植物衛生検査局(APHIS)では、テキサスA&M大学、テキサス州公園野生生物局(TPWD)と提携し、シカ慢性消耗病の感染感受性を研究している。2020年4月に発表した研究論文では、2014年から2018年までに米国で飼育されていたオジロジカ807頭のDNAサンプルを分析し、危険因子とみられるゲノム上の領域を特定して、80%以上の精度で感染感受性の高い個体を推定することに成功した。

現在、ヒトへの感染は確認されていないが......

現時点では、シカ慢性消耗病のヒトへの感染は確認されていないが、ヒトの健康を脅かすおそれがあるのかどうか、まだ十分に解明されていない。

2009年に発表された研究論文では、非ヒト霊長類であるカニクイザルとリスザルを対象にシカ慢性消耗病を感染させる実験の結果、「シカ慢性消耗病への感染感受性は種によって異なり、リスザルよりもカニクイザルのほうが感染しづらい」ことが示された。

また、アメリカ国立衛生研究所の研究チームが2018年6月に発表した研究論文でも「カニクイザルのシカ慢性消耗病への感染は認められなかった」と結論されている。

「奇妙な行動をしているシカを触ったり、その肉を食べたりしないこと」

シカ慢性消耗病への感染リスクを抑制するためには、野生動物との接触を最小限にとどめることが肝要だ。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)では、「弱っている、もしくは奇妙な行動をしているシカやヘラジカを撃ったり、触ったり、その肉を食べたりしないこと」、「獲物を処理したり、肉を扱うときは、ゴム手袋を着用すること」、「肉をさばくときは、家庭で日常的に使用している包丁やナイフを使用しないこと」、「当局のガイドラインをチェックすること」などを呼びかけている。

●参考記事
東アジアから連れてこられたヨーロッパのタヌキの受難は終わらない
米フロリダ州に座礁したクジラは新種だった
世界各地のイルカに致命的な皮膚疾患が広がる......気候変動の影響と思われる

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

日経平均が最高値更新、高市トレード再燃 米地銀・米

ビジネス

ポルシェ、ブルーメCEOの後任にマクラーレン元トッ

ワールド

イスラエルがガザ空爆、26人死亡 その後停戦再開と

ワールド

英EU離脱は貿易障壁の悪影響を世界に示す警告=英中
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「実は避けるべき」一品とは?
  • 4
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 5
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 6
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みん…
  • 7
    自重筋トレの王者「マッスルアップ」とは?...瞬発力…
  • 8
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 9
    「中国は危険」から「中国かっこいい」へ──ベトナム…
  • 10
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 5
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 6
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 7
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 8
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 9
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 10
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中