最新記事

中国

王毅中東歴訪の狙いは「エネルギー安全保障」と「ドル基軸崩し」

2021年3月31日(水)11時41分
遠藤誉(中国問題グローバル研究所所長)

そのため、サウジと中国の距離が一気に縮まってしまった。

こうなるとますます「石油人民元(Petro-Yuan)」の誕生を促し、国際通貨としては米ドルに太刀打ちできなかった人民元が、一帯一路だけでなく中東の石油業界で流通可能となり、「中国の夢」が一歩近づくことになる。

3月24日、王毅外相はムハンマド皇太子とにこやかに談笑した。

トルコでも「米ドル」でなく「人民元‐リラ」取引

3月25日、王毅はトルコのエルドアン大統領とも会談したが、それはちょうどトルコの通貨リラが暴落した直後というタイミングだった。おまけにトランプと異なり、バイデンはエルドアンの電話会談要請にさえ応じないという冷淡ぶり。そこで本来なら中国大陸にいるウイグル族の亡命先の一つであったトルコなのに、エルドアンは自ら「中国とトルコの貿易はドル取引でなく、互いの国の通貨"リラ‐人民元"で決済することにしよう」と提案している。

アラブ首長国連邦でも「人民元」

王毅は28日、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビで同国のアブドラ外務・国際協力相と会談した。

ここでも両国は「未来50年間にわたる発展戦略」を共有し、人民元の国際化に貢献すべく、「石油取引の米ドル建てからの脱却」を誓い合ったと中国のネットが報じている。

中国はこれまでアラブ首長国連邦との関係強化に力を注いできたのは確かだが、シェール革命でアメリカが中東に強い関心を示さなくなったため、中東の産油国は基本的に金が入る中国の方へと向くようになっている。トランプが大統領再選のために宗教問題で中東の特定の国に肩入れをしたりなどしたことは、今では逆効果になっているようだ。特にトランプが約束したサウジアラビアやアラブ首長国連邦への武器輸出を、バイデンは一時凍結すると宣言したので、反バイデンの傾向は強くなっている。

結果、中東諸国はこぞって中国の方に傾き、中国の望む方向に動いているのが王毅の中東歴訪から見えてきた。

中国問題グローバル研究所の理事の一人である白井一成氏との共著『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』では「人民元の国際化とデジタル人民元の可能性」を、深セン・香港・マカオをつないだグレーターベイエリア構想における「アジア元」を軸に論じたが、どうやら中東で「石油人民元」が活躍しそうな気配だ。ということは、西でも東でも、形を変えながら人民元がドル基軸を覆す「危険性」が増していることにもなる。

王毅の中東歴訪を、ただ単にアメリカの対中包囲網への対抗という近視眼的視点からのみ考察するのは危ないのではないかと危惧する。

(本コラムは中国問題グローバル研究所における論考からの転載である。)

51-Acj5FPaL.jpg[執筆者]遠藤 誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史  習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社、3月22日発売)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

物価目標の実現「着実に近づいている」、賃金上昇と価

ワールド

拙速な財政再建はかえって財政の持続可能性損なう=高

ビジネス

トヨタの11月世界販売2.2%減、11カ月ぶり前年

ビジネス

予算案規模、名目GDP比ほぼ変化なし 公債依存度低
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中