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中国TPP参加意欲は以前から──米政権の空白を狙ったのではない

2020年11月23日(月)20時30分
遠藤誉(中国問題グローバル研究所所長)

3.知的財産(第18章)の項目も、中国にとってかなりハードルが高いものばかりだった。しかしもともとオーストラリアとアメリカの衝突により妥協点が見いだせにくかったが、アメリカが抜けたことにより「適用停止」が増え、オーストラリアにとって「快適な」条件になった。結果、中国にとっても妥協点を見いだせる程度にまでハードルが下がっている。

4.順序が逆になってしまったが、中国にとって最も大きいのはTPP第9章で規定されていた「投資の項目」だ。「仲裁」に関してTPPでは基本的にワシントンDCにある投資紛争解決国際センター(ICSID)で解決することとなっていた。それは中国にとって非常に不利だったが、それらがほぼ全て「適用停止」になったのである。

アメリカのTPP回帰を牽制する中国

したがって、アメリカ大統領選による政治的空白があろうとなかろうと、中国としては着々とTPP11に参加するための準備を整えてきた。

これら停止事項は、いつかアメリカがTPPに戻ってきた暁には、また有効になる可能性がある。いまバイデン次期大統領(候補)は、バイデン政権になったらTPPに戻る可能性があることをほのめかしている。米国内での利害関係があるため(バイデンを支持したブルーカラー層の反対など)、すんなりと戻る決定はなかなかできない可能性もあるが、それでもRCEPが締結された今、習近平としては「アメリカが戻る前にTPP11に加盟して市民権を得る」ことを狙ってはいるだろう。

これは決して「米政権の空白」という間隙を突いた戦略ではなく、大統領が誰であろうと「アメリカが戻ってくる前に既成事実を作ってしまい、アメリカが戻れない環境を形成してしまう」という戦略なのだ。それが実現するか否かは別として、この違いは重要で、そこを見極めなければならない。

もしアメリカがTPPに戻ってしまいTPP12となってしまうと、中国が新規加入したいと申し出ても、適用停止事項が復活するだけでなく、締約国であるアメリカが同意しないと中国は加盟できないので、実際上加入が困難となる。しかしアメリカが戻る前に加入してしまえば、締約国の中にアメリカはいないので、中国は加入しやすくなる。中国が加入した後にアメリカが戻りたいと申請してきた場合、締約国の中に中国がいるので、中国が承諾しない限りアメリカは戻れないことになる。

トランプ大統領は2018年に一時期「TPPの条件が揃えば戻ってもいい」という趣旨のことを言ったことさえある。

その意味で、大統領が誰であろうと、アメリカがTPPに復帰する前に中国はTPP11加入への道筋を確実にしていきたいと思っているものと思う。

習近平国賓招聘の準備も含めながら、明日24日には中国の王毅外相が来日する。

菅政権の対応が見ものだ。

(なお本コラムは中国問題グローバル研究所のウェブサイトからの転載である。)


中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。
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