最新記事

中東情勢

「歴史的」国交正常化の波に乗れないサウジの事情

For Saudi Arabia, Recognizing Israel Is Too Great a Risk

2020年8月17日(月)18時30分
デービッド・ブレナン

恐ろしい権力を手中に収めた皇太子を、事実上のサウジアラビアの統治者と見る向きは多い。それでも立場はあくまでも「皇太子」であり、国家元首になるには年老いた父のサルマン国王が死去するのを待たなければならない。

「まだ(権力の)代替わりは完了していない」と語るのは、アトランティック・カウンシルのウィリアム・ウェクスラーだ。「ムハンマド皇太子が王位に就いて初めて完了する」

「ムハンマド皇太子にとっても彼の周辺の人々にとっても、またサウジアラビア王室をウォッチしている人々にとっても、君主制における代替わりというものはそもそも、存在に関わる脅威をはらんでいる」とウェクスラーは言う。これまでサウジアラビアの歴代国王はすべて初代国王アブドル・アジズ・イブン・サウドの息子たちだったが、皇太子は孫の世代だ。そして彼は、伝統的な王子たちの分散統治を廃し、権力の中央集中化を進めている。

パレスチナ問題はもう古い?

一方でムハンマド皇太子はサウジアラビアの社会や経済の自由化も進めており、伝統を重んじる国内勢力の懸念を招いている。つまりさまざまな問題を背負い込んでいる皇太子にとって、イスラエルとの国交正常化はさらなる厄介な重荷になりかねないわけだ。

「この問題に関し、サウジアラビアが湾岸諸国のリーダーとなる可能性は低いと思える」とウェクスラーは言う。「周辺諸国の対応に表立って異議を唱えたりはしないくらいがせいぜいではないか」

無事に次期国王となったあかつきには、ムハンマドもイスラエルとの国交正常化にもっと前向きになるかも知れない。イギリスの王立国際問題研究所のヨッシ・メケルバーグは本誌に対し、湾岸諸国にとってUAEは一種の観測気球だと語る。

「事態の推移を(サウジは)見守っていくことになるだろう」とメケルバーグは言う。2002年のアラブ和平イニシアティブにおいて、サウジアラビアはパレスチナ問題での進展がイスラエルとの国交正常化の前提だとの立場を明確にしていた過去があるからだ。

とはいえ、それから18年の時がすぎた。「18年の歳月はとても長い。国民も代替わりして、大半はパレスチナ問題に飽き飽きしている。パレスチナ問題はもはや重要ではなくなったのだ」と、メケルバーグは言う。

長期的に、アラブ諸国はパレスチナよりイスラエル寄りになっていく。少なくとも、パレスチナ国家の設立をめぐる歴史的な対立からは遠ざかっていくだろう。「アラブ諸国の優先順位は進歩であり、技術革新であり、グローバル化だ。そのための支援をしてくれられるは、パレスチナではなくイスラエルだ」と、メケルバーグは言う。

「医療や先端技術、サイバーセキュリティーなどはすべて、パレスチナのためにイスラエルとの国交正常化を拒絶するよりはるかに重要なものだ」

<参考記事>UAE・イスラエル和平合意の実現──捨て去られた「アラブの大義」
<参考記事>パレスチナ人を見殺しにするアラブ諸国 歴史が示す次の展開は...

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ政権、零細事業者への関税適用免除を否定 大

ビジネス

加藤財務相、為替はベセント米財務長官との間で協議 

ワールド

トランプ米大統領、2日に26年度予算公表=ホワイト

ビジネス

米シティ、ライトハイザー元通商代表をシニアアドバイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中