最新記事

朝鮮半島

ビラ散布で北朝鮮に命を狙われる脱北者・朴相学が語る

He Sends Up Balloons, and North Korea Wants Him Dead

2020年6月30日(火)15時20分
モーテン・ソエンダーガード・ラーセン

問題のビラは金正恩のことを、ヨーロッパで教育を受けた「偽善者」で、国民が懸命に働いた成果を盗む「泥棒」だと称し、金が未成年者に性的暴行を加えたとまで非難している。

だから6月に入って金正恩の妹である金与正が、韓国で暮らす脱北者たちを「人間のクズ」と痛烈に非難し、彼らを罰するべきだと主張したのも、驚きではなかった。だがこれは朴にとって、静かなる勝利だった。「北朝鮮が初めて『脱北者』という言葉を使った。ビラには脱北者という言葉が書かれているから、彼らももう脱北者の存在を隠すことができないと分かったのだろう。この反応からも、彼らがいかに真実を恐れているかが分かる」と彼は語った。

北朝鮮メディアは、北朝鮮の人々が韓国にいる脱北者を罵り、彼らに罰を与えるよう要求する大規模デモを行っている写真を報じている。一時期は、軍事的な報復さえ検討されていたようだった。

韓国政府は事態の悪化を防ぐために、北朝鮮に向けたビラ散布を禁止する措置を取った。

「平和と自由はただでは手に入らない。誰かが犠牲を払わなければならない。だからもし自分が金正恩に殺されるなら、名誉なことだと思う」と朴は語った。

ビラ散布は「口実にすぎなかった」

北朝鮮が南北連絡事務所を爆破して以降、南北間の緊張は高まっている。北朝鮮側は韓国に対する軍事行動も辞さないとし、実際に南北の軍事境界線を挟む非武装地帯で、北朝鮮軍の兵士たちが動き回る様子も確認された(その後この「軍事行動計画」は保留されている)。

だが複数の専門家は、問題はそんなに単純なものではないと指摘。北朝鮮はビラ散布を口実に緊張を激化させ、目的を果たそうとしているのだとみている。「ビラ散布は、連絡事務所を爆破するのに十分な理由ではない。確かに北朝鮮側としては気に入らないだろうが、朴は2年前からビラ散布を行っているのに、北朝鮮はそれに反応してこなかった。なぜ今になって反応したのか」と、アサン政策研究院(ソウル)の研究員である高明铉は語る。

朴と彼が率いる自由北韓運動連合は、2019年に11回のビラ散布を行い、2020年に入ってからは5回の散布を行っている。北朝鮮は、ビラ散布を「韓国に対する脅しを激化させる口実」に使ったにすぎないと高は指摘する。いったん激化させた緊張を抑制することで、北朝鮮経済に大きな打撃をもたらしている制裁を一部解除させるという最終目的を果たすのが狙いだと。

「2017年にも、まったく同じことが起こった。北朝鮮とアメリカの間の緊張が激化して、これがドナルド・トランプ米大統領による『炎と怒り』発言や、どちらの核ボタンが大きいかという発言にまで発展した。その翌年、金正恩は、韓国との話し合いに応じ、アメリカにも働きかけを行うつもりだと発言した」と高は言う。

彼はさらに続けた。「それが北朝鮮にとって素晴らしい成果をもたらした。彼らはアメリカと対話を始め、史上初の米朝首脳会談が実現した。北朝鮮からすれば、信じられないほどの成功だ」
(翻訳:森美歩)

【話題の記事】
次の戦争では中・ロに勝てないと、米連邦機関が警告
異例の猛暑でドイツの過激な「ヌーディズム」が全開

From Foreign Policy Magazine

20200707issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年7月7日号(6月30日発売)は「Black Lives Matter」特集。今回の黒人差別反対運動はいつもと違う――。黒人社会の慟哭、抗議拡大の理由、警察vs黒人の暗黒史。「人権軽視大国」アメリカがついに変わるのか。特別寄稿ウェスリー・ラウリー(ピュリツァー賞受賞ジャーナリスト)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ロシア財務省、石油価格連動の積立制度復活へ 基準価

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税

ワールド

現代自、米国生産を拡大へ 関税影響で利益率目標引き

ワールド

仏で緊縮財政抗議で大規模スト、80万人参加か 学校
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中