最新記事

新型コロナウイルス

SNSで「医療関係者は国の英雄」盛り上がるインドネシア 背景に犠牲者55人という苛酷な現実

2020年5月31日(日)18時21分
大塚智彦(PanAsiaNews)

医師看護師ら55人が院内感染で死亡

それでもどこか別の世界の出来事のように考えていたインドネシア人の新型コロナウイルスに対する感覚が大きく変わったのが「医療関係者の死者相次ぐ」というニュースだった。主要雑誌「テンポ」は4月初旬に誌面1面を使って死亡した医療関係者の顔写真を並べて掲載して医療現場の実情を伝えた。

さらに4月17日誌面でインドネシア医師協会(IDI)理事とのインタビューで「医療関係者を感染から守る防護服などが絶対的に不足している」ことを明らかにし、防護服がない場合は雨合羽やビニールのゴミ袋を代用して院内感染防止に務めている医療現場の過酷な現状が伝えられた(関連記事「新型コロナウイルス院内感染で医療関係者24人が死亡 インドネシア、防護服など不足で危機的状況」)。

その後も医師、看護師ら医療関係者の感染そして死亡は増え続け、5月の最新情報では医師38人、看護師17人の合計55人が犠牲となっている。

東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国の中でインドネシアは5月28日の時点で感染者数は2万4000人を超え、シンガポールの3万3000人に迫る2番目の多さとなっている。だが、感染死者に関しては1496人となっており、域内では2番目のフィリピン(921人)を約500人以上上回る最悪の状況となっている。

ASEANの他国が医療関係者の感染死者数を必ずしも明らかにしていないこともあるが、医療関係者の55人という犠牲は最多ではないかとみられている。

こうした医療現場で続く医師や看護師の献身的な医療行為にインドネシア人の心が動かされた。ネット上などの掲げられる動画や写真には「皆さんを守るために私が病院で仕事をしている」などと書かれた紙を掲げた完全防護服着用の医師、看護師が頻繁に登場するようになった。

イスラム教の断食と重なり支援広がる

ちょうどこの時期が4月24日から1カ月続いていたイスラム教徒の重要な行事「断食月」とも重なり、敬虔なイスラム教徒の医療関係者は日中飲まず食わずの状態で治療に当たっていることなども伝えられた。

そのため各地の病院には「1日の断食の終わりに是非食べてほしい」と飲食物の差し入れなどが相次ぎ、中には「医者や看護師は体を壊すので断食をせずに治療に専念してほしい」と訴える市民の声も伝えられた。

断食の目的のひとつに「飢えに苦しむ人々の苦労を実感し、同時に与えられる飲食物に感謝する」というのがあるそうだが、「苦しむ感染者を救う仕事に従事している医療関係者が飢えを実感する必要はない」とイスラム教徒の間でも同情が広がった。

断食期間中、女性の生理や入院、急病などの止むを得ない「緊急用件」に相当する理由がある場合は断食を中断して後日その日数分を埋め合わせすればいい、という柔軟な規定もあることから新型コロナ感染治療にあたる医療関係者にそうした「断食の繰り越し」が呼びかけられたのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英シュローダー、第1四半期は98億ドル流出 中国合

ビジネス

見通し実現なら利上げ、米関税次第でシナリオは変化=

ビジネス

インタビュー:高付加価値なら米関税を克服可能、農水

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中