最新記事

ロシア

プーチン退治を目指す霊媒師が掻き立てる地方の「怒り」

The Anti-Putin Shaman

2019年11月19日(火)18時30分
ビタリ・シュクリアロフ(ハーバード大学研究員)

地方に多いプーチンの支持者にとって、ガビシェフのような存在は大きな影響力を持ちかねない ALEXANDER GABYSHEV/YOUTUBE

<シベリアから首都モスクワへ向けて旅するシャーマンを当局が拘束するほどまで恐れたのはなぜ?>

シベリア育ちのその男の名はアレクサンドル・ガビシェフ。自らを「戦うシャーマン(霊媒師)」と名乗る。

ガビシェフは今年3月、8000キロ先の首都モスクワを目指して徒歩で旅を始めた。目的は、ウラジーミル・プーチン大統領という悪魔を退治すること。道中で支持者を増やして首都に入り、大勢が見守るなかで悪魔払いを行おうというもくろみだった。

ところが故郷サハ共和国のヤクーツクを出て半年後、行程の3分の1まで来た辺りで覆面の治安当局者に拘束され、「精神疾患」の診断を受けた。ロシア連邦保安庁はガビシェフを精神病棟に閉じ込めておきたいようだ。

この一件でガビシェフの名は世界に知れ渡った。アムネスティ・インターナショナルは彼を「良心の囚人」と呼んだ。ロシア支部長のナタリア・ズビャーギナは彼の釈放を求めたとき、世界が薄々感じていた疑問をこう代弁した。「ロシア当局は彼の霊力を本気で恐れているのか?」

そう、実は恐れている。プーチン支持者は地方に多い。彼らにとっては首都での数千人規模の集会より、1人のシャーマンの言動のほうがはるかに影響力を持ちかねない。政府はそれをよく知っている。

辺境の村では、開運や豊作、金運や良縁を求めて呪術師などに祈禱を依頼することが珍しくない。調査によれば、女性の3分の2は霊媒師などに相談した経験がある。大都市でも教会の聖遺物を拝みに来る信者は途切れることがない。景気が低迷し、学校や病院の建設が減っても、教会の新築・修復件数は急増している。

シャーマンを信じる人が多いことと関係があるかもしれないが、多くのプーチン支持者は「ロシアは特別」だと思っている。プーチン支持派のテレビ局の論調をうのみにし、景気がいくら落ち込んでもプーチン支持をやめない。

彼らは反政府デモのニュースを見ると、むしろプーチン支持の気持ちを強める。彼らにとってロシアの全ての問題はアメリカをはじめとする西側諸国の仕業、そうでなければジョージア(グルジア)やウクライナの仕業だ。

地方の怒りを体現する

だからこそ、ガビシェフのような人物は大変な力を持ちかねない。伝統主義者の世界観に訴えるからだ。シャーマンがプーチンを「悪魔」だと言うなら、そうかもしれないと人々は思い始める。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

訂正ブラジル大統領、米50%関税に報復示唆 緊張緩

ワールド

英首相がトランプ氏と会談へ、月内のスコットランド訪

ワールド

米国務省、人員削減計画を近く開始 影響受ける職員に

ビジネス

リクルートHD、求人情報子会社2社の従業員1300
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 6
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中