最新記事

東欧

【冷戦終結30年】旧共産国の一部は今も30年前の経済水準を下回る

Revolutions for Whom?

2019年11月11日(月)17時05分
クリステン・ゴッドシー、ミッチェル・オレンスタイン(共にペンシルベニア大学教授)

東西遮断の象徴だったベルリンの壁に登り、歓喜する人々(1989年11月9日、ブランデンブルク門付近にて) REUTERS

<ベルリンの壁崩壊から30年、旧共産圏諸国は経済的な打撃から立ち直れずにいる。国民1人当たりGDPは、最も好調な国でも30%ほど下落。これほど景気後退が長く続くとは誰も予想できなかった>

「誰の暮らしも悪くはならない、多くの者がずっと楽に暮らせる」。1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊した後、西ドイツ(当時)のヘルムート・コール首相は再統一を前に東側の同胞にそう約束した。その言葉を胸に旧共産圏の諸国は政治と経済の改革に突き進んだ。あれから30年。約束は守られただろうか。

今、チェコやウクライナ、ルーマニアの首都の大型商業施設にはフランス製の香水やスイス製の腕時計などが並ぶ。おしゃれな若者たちはシネコンのハリウッド映画に列を成し、iPhoneを片手に次の休暇はパリに行こうかビーチにしようかと思案中。エリート層は人気のカフェやバーにたむろし、大型スーパーで高級食材を買い込む。

だが同じ東欧圏の都会でも、年金生活者や貧困層は生きていくのが精いっぱいだ。高齢者は寒さと飢えに耐え、病気に苦しんでいる。地方の家族は事実上の自給自足生活で、若者たちは活路を求めて西の諸国へ逃げ出す。貧困と無力感が不信と不安をあおり、全体主義時代の安定を懐かしむ空気さえある。そんな不満に乗じてポピュリストが勢いを増し、民主主義を脅かす。

この引き裂かれた2つの世界が今の現実だ。得をしたのは一部の人のみで、国民の過半は深く傷ついた。

経済の自由化が始まった1990年代当時、経済学者も政治家も、一時的な景気後退は覚悟していた。しかしこれほど深刻で、これほど長く続くとは誰も予想できなかった。

私たちは米農務省と世界銀行、欧州復興開発銀行(EBRD)のデータを用い、これら諸国で1989年に始まった景気後退の深刻さと持続期間を算出し、それを1929年に始まった大恐慌下のアメリカの状況と比較した。指標としたのは国民1人当たりGDPの下落率だ。

その結果、旧共産圏諸国の状況は3つのグループに分類できた。最も好調なグループの国々でも、一時的には1人当たりGDPが30%ほど減った。これは大恐慌が始まった時のアメリカと同程度だ。中位グループの減少率は約40%で、持続期間は17年(大恐慌時の10年よりも長い)。最下位グループは30年を経た今なお1989年以前の水準を下回っている。

勢いづくポピュリスト

モルドバでは1999年の最悪期に1人当たりGDPが1989年比で66%減となった。その後は急回復を見せたが、2016年時点でも1989年水準を12%下回っていた。ジョージア(グルジア)、コソボ、セルビア、タジキスタン、ウクライナも2016年時点で1989年水準より低かった。GDPが伸びたとしても、それが貧富の格差の拡大を覆い隠している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

男が焼身自殺か、トランプ氏公判のNY裁判所前

ワールド

IMF委、共同声明出せず 中東・ウクライナ巡り見解

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中