最新記事

人種差別

パプア人差別への抗議デモに揺れるインドネシア デモ隊と兵士双方に死者も

2019年8月30日(金)17時11分
大塚智彦(PanAsiaNews)

パプア人への差別発言がきっかけ

今回のパプア人のデモ、騒乱状態は8月17日のインドネシア独立記念日に東ジャワ州の州都スラバヤで治安部隊と急進派イスラム団体などが「インドネシア国旗を侮辱して破棄した」との偽情報に基づいてパプア人大学生の寮を強制捜査。

その際兵士や団体関係者からパプア人大学生に対し「ブタ」「サル」「イヌ」「コテカ(ペニスサック)」などという差別的、侮辱発言があったことがきっかけになっている。

インドネシアで最も開発が遅れているといわれるパプア地方では豊富な地下資源が外国資本による開発などで進む一方で、現地への利益還元はほとんどなく、山間部でのインフラ整備も大幅に遅れている。

そうした経済的不遇に加えて非パプア人である大半のインドネシア人が根底に抱く「潜在的差別意識」への不満、反発が一気に噴出し、長年の主張である「独立を問う住民投票の実施」という要求にまでエスカレートしているのだ。

大統領も断固とした対応を指示

パプア人への差別的発言、態度から一気に拡大したパプア人の抗議デモに対して当初は「パプアの人々の怒りは理解できるが、お互いに忍耐で対応しよう」と穏便に処理する姿勢を示していたジョコ・ウィドド大統領も、パプア地方での騒乱状態が一向に沈静化しないことから、29日には「無政府状態のような違法行為には断固とした対処を取らざるを得ない」と今後は治安部隊による強硬な対応も辞さないとの政府の姿勢を表明した。

ウィラント調整相(政治法務治安担当)など治安当局者によると、現地で警戒に当たる警察、軍兵士は「強硬手段を極力取らないように命令されている」としたうえで、所持する小銃などには「実弾は装填していない」としてあくまでゴム弾、催涙弾などによる平和的な秩序維持に専念していることを強調している。

その一方で政府や治安関係者はパプア人組織や団体との会合を重ねては「パプア独立は解決策にならない」「独立は多数のパプア人の要望ではない」などと「独立気運」の高まりに対する火消しにも躍起となっている。

現在の政府の対応は独立運動の激化によるさらなる治安悪化への懸念から建て前や表面上ではソフト対処を装いながらも、パプア人の独立要求気運が今後もさらに高まるようであれば、強硬手段による対処、弾圧も辞さない姿勢を見せ始めている。

4月の大統領選挙で再選続投が決まり2024年まで政権を担うことになったジョコ・ウィドド大統領は頭の痛い課題に早くも直面している。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相会議、ウクライナ問題協議へ ボレル氏「EU

ワールド

名門ケネディ家の多数がバイデン氏支持表明へ、無所属

ビジネス

中国人民銀には追加策の余地、弱い信用需要に対処必要

ビジネス

テスラ、ドイツで派遣社員300人の契約終了 再雇用
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 3

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 4

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 5

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 6

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 7

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 8

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    アメリカ製ドローンはウクライナで役に立たなかった

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中