最新記事

ロケット

日本の天文衛星も影響を受けた流転のウクライナ製ロケット、カナダで受け入れへ

2019年6月10日(月)15時30分
秋山文野

カナダ企業がサイクロン4ロケット打ち上げを計画

さらに翌2017年、カナダの企業がサイクロン4ロケットの打ち上げを計画している、という報道が現れた。カナダの宇宙ビジネスメディアSpaceQによれば、Maritime Launch Services(マリタイム・ランチ・サービシズ:MLS)という企業がノバスコシア州の射場を拠点に衛星打ち上げ事業を行うという。ブラジルより極域に近いカナダでは、赤道付近で有利な大型の静止衛星の打ち上げは難しいが、地球観測衛星向けに打ち上げ需要のある南北の軌道には向いている。競合ロケットには、インドのPSLV、ロシアのアンガラ1.2、米ノースロップ・グラマン(旧オービタルATK)のアンタレスなどが挙げられるが、北米の顧客にとって地理的に近いという点が競争力向上にとって有利だという。

Cyclone-Comparison.jpg

Credit: Maritime Launch Services.

2019年6月4日、ノバスコシア州の環境当局は、MLSに対し打ち上げ射場の環境影響評価を承認した。MLSは早期に州政府と用地の賃借契約を結び、7月には射場建設を開始する意向だという。カナダの射場は、サイクロン4の打ち上げに向けて大きく前進した。

射場が北になり、南北の軌道専用になったロケットは、元のサイクロン4とは設計が変更されている。3段型から2段型へになり、第1段の推進剤はヒドラジンからケロシンに、直径は3メートルから3.9メートルになった。名称は「サイクロン4M」と改められた。「大型コンステレーションを計画している衛星事業者との交渉を始めた」とのコメントも出てきている。2002年に始まったサイクロン4ロケット計画は、流転の末に落ち着き先を見つけたようだ。

ウィキリークス情報「アメリカがブラジルに対し圧力をかけた」

アルカンタラ・サイクロン・スペース事業の中止から4年が経過し、当時の背景事情が新たに見えてきた。アルカンタラ射場での計画が頓挫した原因は資金難とウクライナ、ロシア関係のほかにもう一つあった、との見方をブラジルのメディアが2015年に伝えている。ブラジル有力紙オ・グローボによれば、ウィキリークス情報により「アメリカがブラジルに対し圧力をかけた」ことが判明したという。

オ・グローボ紙の報道では、2009年にアメリカとブラジル間で技術保護協定(TSA)が締結されていないことを理由に、「合衆国は、米国の衛星企業または米国製部品を使用している衛星のアルカンタラ射場からの打ち上げを許可しない」と伝えられたとしている。大きなシェアを持つアメリカの衛星企業を顧客にできないことから打ち上げ事業の見通しが悪化し、事業は中止に追い込まれたというものだ。これには2000年にブラジル議会がアメリカ─ブラジル間のTSA批准を拒否したために締結できなかったという背景もある。

情報ソースはウィキリークスであるため慎重な判断を要するが、2019年3月にアメリカとブラジルはもう一度TSAに署名したという事実がある。今回、アルカンタラ射場から打ち上げを行う候補として名前が上がっているのは、アメリカの小型ロケット開発企業、ベクタースペースシステムズだ。

トランプ大統領は「ブラジルは赤道に近く、打ち上げに理想的だ」とコメントしたというが、皮肉なことに赤道に近い射場の利点が下がっている、との見方もある。赤道から地球の自転を利用してロケットを加速する打ち上げは、大型の静止通信・放送衛星にとっては好都合だ。しかし現在はスペースXのスターリンク計画など、南北の軌道を利用するコンステレーションと呼ばれる低軌道衛星網の計画が静止衛星に取って代わろうとしている。サイクロン4はカナダへ移転したことで、衛星市場の変化をやり過ごしたかもしれない。

政治に翻弄されたサイクロン4ロケットだが、さらにその影響を受けたナノジャスミン衛星の打ち上げロケットはまだ決まっていない。2018年には海外の小型ロケット企業が打ち上げを引き受ける可能性が浮上した、という光明があった。今度こそ、落ち着いて衛星の実力を発揮できるよう祈るばかりだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、来年も政府債発行を「高水準」に維持へ=関係筋

ワールド

ロシアがウクライナを大規模攻撃、3人死亡 各地で停

ワールド

中国、米国に核軍縮の責任果たすよう要求 米国防総省

ビジネス

三井住友トラスト、次期社長に大山氏 海外での資産運
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中