最新記事

北朝鮮

「制裁ですべてが足りない」北朝鮮国内から悲鳴......食糧危機の懸念

2019年5月14日(火)17時40分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※NKNewsより転載

朝鮮人民軍810部隊傘下の農場を視察する金正恩(2015年6月1日付労働新聞より) KCNA-REUTERS

<国際社会の支援がなければ、90年代後半の未曽有の食糧危機「苦難の行軍」が再来するのではないかという懸念が高まっている>

国連の世界食糧計画(WFP)と食料農業機構(FAO)は3日に発表した報告書「北朝鮮の食糧安全保障評価」で、「長期間の日照りと異常高温、頻繁な洪水、農業生産に必要な要素の制限」などが原因となり、北朝鮮の昨年の農業に著しい影響が出たとしている。

また、異常気象に加えて、国際社会の厳しい制裁により農業資材まで輸入ができなくなっていることが、北朝鮮の農業に悪影響を与えたということだ。報告書によると、肥料として使われるリン酸塩と炭酸カルシウムの昨年の供給量は、過去5年間の平均と比べてそれぞれ7割、5割減少している。

様々な悪材料が重なり、今年の収穫はこの10年で最も少なくなり、国際社会の支援がなければ、1990年代後半に北朝鮮を襲った未曾有の食糧危機「苦難の行軍」が再び起きるのではないかという懸念が高まっている。

参考記事:「街は生気を失い、人々はゾンビのように徘徊した」...北朝鮮「大量餓死」の記憶

デイリーNKの取材によれば、北朝鮮の農村からは、窮状を訴える声が次々に上がっている。咸鏡北道(ハムギョンブクト)の中国との国境にほど近い地域に住む住民は、次のように窮状を訴える。

「土地に栄養がないので肥料を使わなければならないのに、制裁の対象になったから大変だ」

一時期、品薄となっていた稲の苗代を寒さから守るビニール膜は入荷するようになったが、今度は肥料が手に入らなくなったという。中国の税関が「肥料は化学物質で作ったものだ」と言って、北朝鮮への輸出を認めないのだ。つまり、制裁対象の品目ということだ。

情報筋は具体的な肥料の種類に言及していないが、肥料の中には爆薬への転用が可能なものも存在する。ちなみに北朝鮮当局は近年、国内での爆弾テロの発生を恐れて窒素肥料の製造を制限するようになっている。

一方、平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋が訴えるのは、人手不足だ。

農業機械や燃料が不足する北朝鮮で、田植えは都市住民を大量に動員し人海戦術で行われる。ところが、平原(ピョンウォン)、文徳(ムンドク)、肅川(スクチョン)などの穀倉地帯の協同農場では、今年は動員される人員が例年の半分にも満たないのではないかという懸念が広がっている。

農村支援に動員された人々は、食べ物を自分で準備していかなければならないことになっているが、その準備ができずに動員を避けようとする人が多いというのだ。

当局は、是が非でも都市住民を農村支援に引きずり出そうとしている。

平安南道の農村経理委員会の労働部は、各工場や企業所、学校が計画された農村支援労力を守ろうとしないため、非常対策委員会を作った。工場、企業所、学校に対して実態調査を行い、朝鮮労働党平安南道委員会が割り当てた数だけの人員を送り出せなければ、党や司法機関による処罰を行うという。

参考記事:金正恩命令をほったらかし「愛の行為」にふけった北朝鮮カップルの運命

しかし、今年の北朝鮮は制裁による経済難に加え、様々な政治イベント、建設工事への動員が頻繁に行われ、国民の間に不満が渦巻いていると言われている。当局も強硬な姿勢で通すのは難しいかもしれない。

人手不足に加え道内の一部地域では、肥料不足で稲の苗が発育不良に陥る現象が起きている。

「5月に田植えをするには、3月からビニール膜をかぶせた苗床で苗を育てるが、ビニール膜が不足したため、寒さにやられてきちんと育っていない」 「肥料と堆肥が不足していることも、重要な原因の一つ」(情報筋)

文徳の協同農場からは、昨年も農業資材の不足を訴える声が上がっていたが、今年は昨年以上にひどいようだ。

※当記事は「NKNews」からの転載記事です。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

dailynklogo150.jpg



ニューズウィーク日本版 ジョン・レノン暗殺の真実
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月16日号(12月9日発売)は「ジョン・レノン暗殺の真実」特集。衝撃の事件から45年、暗殺犯が日本人ジャーナリストに語った「真相」 文・青木冨貴子

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ノーベル平和賞マチャド氏、授賞式間に合わず 「自由

ワールド

ベネズエラ沖の麻薬船攻撃、米国民の約半数が反対=世

ワールド

韓国大統領、宗教団体と政治家の関係巡り調査指示

ビジネス

エアバス、受注数で6年ぶりボーイング下回る可能性=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 3
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 4
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡…
  • 5
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 6
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 7
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中