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ニッポン人の議論は「のんきすぎ」でお話にならない 危機感もって「本質」を徹底的に追求せよ

2019年4月15日(月)17時50分
デービッド・アトキンソン(小西美術工藝社社長) *東洋経済オンラインからの転載

しかし、これは小手先の対症療法的な政策にすぎません。教育のコストが高いのが問題だから、無償化するという考え方も可能ではありますが、そもそもなぜ教育のコストを高いと感じる人が多いのか。その原因を考えれば、「収入が足りていない」という根本的な原因を探り出すことができます。

教育の無償化と、国民の収入アップ。どちらを先に進めるべきか、答えは収入アップに決まっています。要するに、少子化問題の本質は教育費にあるのか、親の収入が足りないのかを、きちんと見極める必要があるのです。

事実、日本人の給料は、同程度の生産性を上げている他の先進国の7割程度です(購買力調整済み)。なおかつ長年、若い人を中心に減少の一途をたどっています。問題の本質は教育費ではなく、給料なのです。

先進国の中では、少子化と生産性との間にかなり強い相関関係があるという研究があります。生産性が低く少子化が進んでいる複数の国で、教育費の補助を出しても思い通りには出生率が上がらなかったという興味深い事実もあります。

ですから、教育費を無償にしても本質的な対処にはなりませんし、税金か借金でまかなうしかないので、結局経済に悪影響を及ぼすのです。

〈のんきな「輸出」の議論〉
JETROの輸出促進とクールジャパンも同じです。問題の本質が分析できていないと思います。

私の分析では、日本が輸出小国である最大の理由は、規模が小さい企業が多すぎて、たとえすばらしい商品があったとしても、輸出するためのノウハウや人材が欠けている会社が大半だからです。すなわち、輸出のためのインフラが弱すぎるのです(「ものづくり大国」日本の輸出が少なすぎる理由)。

「日本にはいい商品はあるが、輸出は進んでいない。輸出をすれば国が栄えるから、輸出を応援しよう」。おそらくJETROが設立された背景には、こんな思考回路があったように思います。

しかし、思惑通りには輸出は増えませんでした。なぜかというと、JETROの応援なしに、持続的に輸出ができる規模の企業があまりにも少ないからです。日本の産業構造が輸出できる体制になっていない以上、いくら補助金を出して、輸出できない企業が一時的に輸出できる形を作っても、継続的に輸出が増えるはずもないのです。

まだまだある日本の「のんき」な議論

〈のんきな「先端技術」信仰〉
最先端技術も同じです。去年、落合陽一さんの本を読みました。最先端技術に関しては、氏の主張に異論を唱えるつもりはありません。

しかし、落合さんの主張を見ていると、日本の産業構造自体に技術普及を阻む問題があることに言及していらっしゃらないことが気になります。

あまりにも規模の小さい企業が多すぎて、技術の普及が進まないだけではありません。残念ながら日本では、せっかくの最先端技術を活用する気も、活用するインセンティブも持たない企業が大半なので、落合さんの英知が幅広く役立てられることもないように思います。

経済産業省のやっていることも輸出の発想と同じです。最新技術を導入すれば、経済は伸びる。しかし、実際には技術はなかなか普及しない。小さい企業は最先端技術を導入するお金がない。「ならば!」ということで、技術導入のための補助金を出す。

これもまた対症療法です。なぜなら、大半の企業は規模があまりにも小さくて、その技術を活用するための規模もなければ、使える人材も、わかる人材もいません。先週の「日本人の『教育改革論』がいつも的外れなワケ」のように、社員教育が著しく少ないことも影響しています。

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