最新記事

政治

ミャンマー、与党法律顧問暗殺事件の犯人2人に死刑判決 真相解明を阻む軍部の存在

2019年2月17日(日)21時28分
大塚智彦(PanAsiaNews)

法廷に出廷するチー・リン被告(手前中央)とアウン・ウィン・ゾウ被告(後方) Ann Wang - REUTERS

<アウンサンスーチーが実質的な国家元首となって3年となるミャンマー。だが、この国はいまだに軍部が目に見えぬ形で力をもっているようだ>

2017年1月、ミャンマーの与党「国民民主連盟(NLD)」の法律顧問のコー・ニー氏(当時63歳)が中心都市ヤンゴンの国際空港で銃弾を頭に受けて殺害される暗殺事件があった。この事件で殺人罪などに問われていたミャンマー人被告4人に対する判決公判が2月15日、ヤンゴンの北地方裁判所で開かれ、裁判長は実行犯ら2人に死刑判決、残る2人に懲役3年と5年の実刑判決をそれぞれ言い渡した。

事件はコー・ニー氏がインドネシアでのセミナーに出席後、ヤンゴンに戻り国際空港出口で迎えに来た孫を抱き上げて車を待っている間に起きた。左後方から近づいた私服の男性にコー・ニー氏は極至近距離から頭部を撃たれて死亡した。実行犯はその後、逃走中に追跡してきたタクシー運転手ネイ・ウィン氏も銃で殺害したが、駆けつけた群衆に取り押さえられて、逮捕された。

暗殺実行犯として計画的殺人と殺人、武器不法所持で逮捕、起訴されたチー・リン被告に対し、同地裁はコー・ニー氏の計画殺人罪で死刑、ネイ・ウィン氏殺害で殺人と武器不法所持罪で懲役23年の2つの判決を言い渡した。

さらに計画的殺人教唆容疑で元軍人のアウン・ウィン・ゾウ被告にも死刑判決が下されたほか、殺人ほう助罪と証拠隠滅罪に問われた元軍人のゼイヤー・ピュー被告に懲役5年、アウン・ウィン・トゥン被告に犯人隠匿罪で懲役3年の実刑判決が言い渡された。

現地からの報道によると、被告らは判決公判閉廷後直ちに警察車両に連行され、集まった報道陣の問いかけには一切応じることなくヤンゴン郊外のインセイン刑務所に戻ったという。

軍の関与は未解明、主犯は逃走中

ミャンマーが民政移行後も政治に影響力を維持している国軍は、2008年の憲法改正にあたって国民の多数派を占める仏教徒に優位で、反イスラム的な変更を主張した。これに対し与党NLDの法律顧問を務めるコー・ニー氏は、自らもイスラム教徒である立場から仏教徒にもイスラム教徒にも対等な改正案の実現を模索した。このことが軍の反発を招き、コー・ニー氏暗殺事件へ軍が関与したと指摘される背景になっている。

しかし2年間に約100回開かれた公判でも軍の関与は証明されることなく、あくまで元軍人らによる犯行と位置づけられた。暗殺事件を主導的に計画、実行の準備をしたとされるアウン・ウィン・カイン容疑者は事件後に捜査をかいくぐって姿を消しており、現在は国外逃走中とも言われる。

このように事件は全容解明にほど遠く、裁判では実行犯のリン容疑者を雇ったピュー被告が事件の首謀者とされたものの、検察側が十分な犯行の立証ができなかったことなどから、ピュー被告は4人の被告の中で最も軽い懲役3年の判決とされた。

この判決にはピュー被告以外の死刑判決を受けた2被告の家族や弁護士から「軽すぎる判決だ」「この判決には正義はない」などと批判が出ている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、第3四半期は黒字回復 訴訟引当金戻し入れ

ビジネス

JDI、中国安徽省の工場立ち上げで最終契約に至らず

ビジネス

ボルボ・カーズの第3四半期、利益予想上回る 通年見

ビジネス

午後3時のドルは152円前半、「トランプトレード」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:米大統領選 イスラエルリスク
特集:米大統領選 イスラエルリスク
2024年10月29日号(10/22発売)

イスラエル支持でカマラ・ハリスが失う「イスラム教徒票」が大統領選の勝負を分ける

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」ものはどれ?
  • 3
    リアリストが日本被団協のノーベル平和賞受賞に思うこと
  • 4
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 5
    トルコの古代遺跡に「ペルセウス座流星群」が降り注ぐ
  • 6
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 7
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 8
    中国経済が失速しても世界経済の底は抜けない
  • 9
    ウクライナ兵捕虜を処刑し始めたロシア軍。怖がらせ…
  • 10
    「ハリスがバイデンにクーデター」「ライオンのトレ…
  • 1
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 2
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の北朝鮮兵による「ブリヤート特別大隊」を待つ激戦地
  • 3
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア兵の正面に「竜の歯」 夜間に何者かが設置か(クルスク州)
  • 4
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
  • 5
    目撃された真っ白な「謎のキツネ」? 専門家も驚くそ…
  • 6
    ウクライナ兵捕虜を処刑し始めたロシア軍。怖がらせ…
  • 7
    逃げ場はゼロ...ロシア軍の演習場を襲うウクライナ「…
  • 8
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 9
    裁判沙汰になった300年前の沈没船、残骸発見→最新調…
  • 10
    北朝鮮を訪問したプーチン、金正恩の隣で「ものすご…
  • 1
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 2
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 3
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 4
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の…
  • 5
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 6
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 7
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ…
  • 8
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
  • 9
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 10
    韓国著作権団体、ノーベル賞受賞の韓江に教科書掲載料…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中