最新記事

中東

新世代の独裁者が跋扈する「アラブの冬」がやって来た

The New Arab Winter

2018年10月19日(金)14時00分
エバン・ヒル

カショギが行方不明になったサウジ総領事館に貼られた抗議のビラ Murad Sezer-REUTERS

<トルコのサウジ総領事館内で起きたジャーナリスト殺人疑惑は、「改革」をうたう独裁者の皇太子を欧米が放置した結果だ>

10月2日、サウジアラビアの著名ジャーナリスト、ジャマル・カショギはトルコのイスタンブールにあるサウジ総領事館に入った。以来、彼の消息は途絶えたままだ。

カショギはかつてサウジ王室の内部関係者だったが、後に政府批判に転じて亡命し、アメリカで暮らしていた。領事館に向かったのは、トルコ人女性との結婚を控えて必要書類を取りに行くため。トルコ当局によれば、そこで複数人のサウジ政府関係者が彼を待ち伏せ、殺害し、遺体を運び出したという。

カショギの失踪と殺害疑惑は、「アラブの春」の廃墟から形作られつつある「新たな中東」と、欧米諸国がどう付き合っていくべきかを決める分岐点になる。

たとえカショギが生きて帰ったとしても(可能性は日増しに小さくなっているが)、今回の事件は、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が危険なまでに権力を拡大していることを明確に示している。彼は既に、サウジ政府を批判する者の口封じを国内外で実行してきた。

アラブ世界を吹き荒れた民主化運動「アラブの春」から7年、その残骸から生まれた姿がはっきりしつつある。イラクのサダム・フセインやリビアのムアマル・カダフィの流れをくむ、新世代の独裁政権だ。彼らは欧米のお墨付きを得て「改革」の名の下に独裁化を推し進める。

欧米の政府がこれまでも長きにわたり、二枚舌の外交政策を続けてきたのは否定できない。欧米の世論はこうした残忍な政権を許すなと政府に圧力をかけてきたが、もしもカショギ殺害で責任を問わないとなれば、欧米は共犯者と化し、恐るべき残忍な時代が幕を開けるだろう。

ワシントン・ポスト紙の報道によれば、米情報機関はサウジ当局によるカショギの「拘束」計画の通信を傍受していたという。となると、事前に知りながらカショギ本人に警告していなかった可能性が浮上する。

ムハンマドべったりのトランプ米政権がサウジ政府を増長させ、今回の事件を招いたのではないかとの批判が高まっている。それも確かかもしれないが、新世代独裁政権が台頭した背景を理解するには、混迷をもたらしたアラブの春に立ち返る必要がある。

消極的過ぎたオバマ政権

10年末に始まったアラブの春は、中東で長く続く独裁政権や、その継続に手を貸してきた欧米に衝撃を与えた。その後の2年間は混迷が続いたが、全ては13年に崩壊した。

この年の7月、エジプトでムスリム同胞団を主体とする政権が軍事クーデターで倒れ、アブデル・ファタハ・アル・シシが政権を握った。続く8月、シリアのアサド政権が自国民に化学兵器を使用した。どちらに対しても、バラク・オバマ米大統領の対応はあまりに消極的だった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政権がロス市提訴、ICE業務執行への協力制限策に

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック最高値更新、貿易交

ワールド

G7外相、イスラエル・イラン停戦支持 核合意再交渉

ワールド

マスク氏、トランプ氏の歳出法案を再度非難 「新政党
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中