最新記事

シリア情勢

「シリア革命」発祥の地の報道されない惨状と、越境攻撃するイスラエルの狙い

2018年7月19日(木)19時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

イスラエルが占領するゴラン高原からシリアでの爆発を撮影 Ronen Zvulun-REUTERS

<シリア南西部にイスラエルが越境攻撃を繰り返している。古くて新しいアラブ・イスラエル紛争のロジックに回帰させようとしているかのようだ>

「シリア革命」発祥の地であるダルアー市がシリア政府の手に陥ちた──同市中心街で抵抗を続けてきた反体制派が7月12日、シリア政府との停戦に応じ、武器を棄ててイドリブ県に去ったのである。

自由や尊厳といった理念ではなく、暴力によって支配された町

ダルアー市は、シリアで「アラブの春」が高揚するきっかけとなる事件が起きた町だ。2011年3月末、10代前半の子供たちが、チュニジアやエジプトでの抗議デモで掲げられた「国民は体制打倒を望む」というスローガンを、遊び半分で壁に落書きしたのがこの町だった。

抗議デモの波及に神経をとがらせていた治安当局は、この一件に過剰に反応し、子供たちを捕らえて拷問にかけた。家族や地元住民の不満は抗議運動に発展し、デモは各地に拡がった。治安部隊・軍の弾圧と武装化した反体制派による暴力の応酬が「今世紀最悪の人道危機」と呼ばれるシリア内戦を誘発していった。

ダルアー市の落書きと拷問を受けた子供(出所:Shahedon, February 27, 2016)

シリア政府が「革命の首都」と称されたヒムス市やアレッポ市の奪還に成功するなか、ダルアー市を含むシリア南西部は持ち堪えた。シリア政府はダルアー市の北半分と首都ダマスカスに至る県内の国際幹線道路沿いの地域を掌握していた。だが、それ以外のほぼ全域は反体制派が死守した。

aoyama2.png

シリア南西部の勢力図――赤はシリア政府、緑は反体制派、黒はイスラーム国、紫はイスラエル(出所:https://syria.liveuamap.com/、2017年5月)

とはいえ、ダルアー県の反体制派は、自由や尊厳といった「シリア革命」の理念ではなく、暴力によって支配を維持し、利己的な動機によって離合集散を繰り返した。2014年2月年に南部戦線として糾合した彼らは、2017年2月には「堅固な建造物」作戦司令室の名のもとに再編した。中核をなしたのは、アル=カーイダの系譜を汲むシャーム解放委員会(シャーム解放機構)やシャーム自由人イスラーム運動(シリア解放戦線)だった。

このほか、イスラエル占領下のゴラン高原(クナイトラ県)に面するダルアー県南西部のヤルムーク川河畔地域は、イスラーム国に忠誠を誓うハーリド・ブン・ワリード軍が手中に収めた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

プーチン氏、ロ・ベラルーシの合同軍事演習を視察

ワールド

イスラエル、ガザ地区最大都市ガザ市に地上侵攻 国防

ワールド

米、自動車部品に対する新たな関税検討へ 国家安保上

ビジネス

米8月小売売上高0.6%増、3カ月連続増で予想上回
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがまさかの「お仕置き」!
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 8
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中