最新記事

北朝鮮

透けて見える金正恩氏の「ホンネ」──北朝鮮の論調に微妙な変化

2018年3月26日(月)14時11分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

依然として金正恩自身の声は聞こえてこないが(写真は2016年1月13日) REUTERS/KCNA

<「米朝関係に変化の機運」(朝鮮中央通信)という報道に漂う「人権外し」の願望と「日本外し」の意図>

米国のトランプ大統領は5月までに北朝鮮の金正恩党委員長と首脳会談を行うと表明した。

北朝鮮はいまだに公式に明確な反応を示していないが、国営メディアの朝鮮中央通信は20日、「米朝関係においても変化の機運が表れている」との見解を示した。

北朝鮮としては、米国の出方を注意深く見守っているのかもしれない。その一方で、南北対話、そして米朝対話に向けて北朝鮮側に有利な環境作りには余念がない。とりわけ目立つのが露骨な「日本外し」だ。

従軍慰安婦虐殺動画

朝鮮労働党機関紙・労働新聞は3月11日、「日本は絶対に戦犯国の汚名をすすげない」と題した論評で、韓国で開かれた国際カンファレンスで、慰安婦が虐殺されたとするショッキングな映像が初公開されたことに言及しながら、日本を非難した。日米韓の足並みを乱す最大のチャンスが到来したというところだろう。

(参考記事: 【動画】日本軍に虐殺された朝鮮人従軍慰安婦とされる映像

日本外しに焦ったのか、安倍政権は北朝鮮側に日朝首脳会談を開催したい意向を伝達したと伝えられている。しかし、前代未聞の「森友文書改ざん」問題などで厳しい政権運営を強いられている安倍政権が、安易に北朝鮮と接近しようとしても足下を見られるだけだろう。

北朝鮮が、日米韓に対して巧妙な外交戦を展開していることは間違いないが、だからといって絶対的に有利とも言えない。それは北朝鮮メディアの論調の微妙な変化からも透けて見える。

金正恩氏は韓国の文在寅大統領が送った特使団に対し、米韓合同軍事演習に対して理解を示すと表明した。それ以降、演習に反発する北朝鮮メディアの報道はすっかり止んだ。また、金正恩氏は昨年9月、トランプ氏に対して「怖じ気づいた犬がもっと吠え立てるものである」「ごろつき」「老いぼれ」などと非難する声明を発表したこともあるが、最近はトランプ氏個人に対する非難もなくなった。

米国に対する非難が完全に止まったわけではないが、目立つのが「制裁」と「人権問題」に関する言及だ。ただし、かつては「戦争行為と見なす」「対抗措置を講じる」などと制裁に対して強く反発していたが、ここ最近は「不法で反人倫的なもの」などと、ソフトな非難にかわった。

金正恩氏が米韓との対話姿勢に転じた理由として、制裁が北朝鮮を追い込んだ成果だという見方が大勢だが、これに反発するかのように「米朝関係の変化は、圧迫・制裁によるものではない」とする論調も目立つ。

筆者は、必ずしも制裁だけで北朝鮮が姿勢を変えたとは思わないが、あえて言及するということは、決定的ではないにしろ制裁がボディブローのように効いているのかもしれない。もしくは「制裁はやめてほしい」という隠れたメッセージかもしれない。

制裁問題に加え、北朝鮮が抱えるアキレス腱は「人権問題」だ。米トランプ政権は米朝首脳会談の話が電撃的に浮上する直前、大統領と副大統領が相次いで脱北者と面談するなどして、北朝鮮圧迫のための「人権シフト」に動いていた。たとえばトランプ氏は、中朝国境での北朝鮮女性の人身売買を「やめさせる」とまで言っている。

(参考記事: 中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち

金正恩氏には、核問題を中心に対話を進めながら、人権問題に関する議論は避けつつ、なんとか制裁解除を勝ち取る思惑があるのかもしれない。

さて、ここで不透明なのが米国の姿勢だ。トランプ氏が金正恩氏と会談する意向を示した直後、対話重視の穏健派と見られていたティラーソン国務長官が解任され、後任に対北朝鮮強硬派として知られるマイク・ポンペオCIA長官が任命された。

また、次期米大統領補佐官(国家安全保障担当)にボルトン元国連大使が指名された。ボルトン氏は、ネオコン(新保守主義派)を代表するメンバーの一人で、対北朝鮮強硬派だ。

トランプ氏が米朝首脳会談を行うとした5月まで、残り時間は少ない。表に出てくる情報が少ない中、米朝は熾烈な神経戦を展開しているのかもしれない。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

オープンAI、最大1000億ドル調達目指す 評価額

ビジネス

原油先物は下落、ウクライナ和平巡る楽観で 2週続落

ワールド

ブラジル大統領、前大統領の刑期短縮法案に拒否権発動

ビジネス

武田薬品の皮膚疾患薬、後期試験で良好な結果 開発に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 2
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    円安と円高、日本経済に有利なのはどっち?
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中