最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

マニラのスラムでコンドームの付け方さえ知らない人へ

2017年3月28日(火)14時45分
いとうせいこう

その人の群れに出席表がぐるぐると回っていて、中には白髪のおばあさんもいた。隣にはテーブルがひとつしつらえられていて、どうやらそこで登録をする仕組みになっており、すでに何人かが名前を書き入れていた。

マイクのスタッフはファミリープランニングの重要性を説いた。男女双方にどのような利点があるのか。政府にまかせるだけでなく、自分たちで知ることが必要だと訴えかけると人々は前向きな声を出したが、話が一回の射精につき精子の数がどのくらいかという話になると急に静まり返り、「ミリオン」だと聞くとまたがやがやした。

いかに彼らが教育に飢えていたのかがよくわかった。みなそれを総じて何かを知りたいのであり、むろん自分たちの生活に役立てたいのだった。

集会の横の施設には壁に派手な原色が塗られ、バランガイの数字が描かれ、「デイケアセンター」と飾り文字で書かれていた。中に入れてもらうと、そこにも数人の女性がいて奥に机が二つ置かれ、看護師らしき人がそれぞれ一人ずついて、次々により詳しい説明をしている様子だった。

が、しばらく見ていると番が終わった女性が一人来て、腕をポパイのようにふくらませて見せた。二の腕に包帯をしていた。中に一本、小さなふくらみの筋があるだろうことは、前日リカーンのオフィスで避妊具をあれこれ見せてもらったからわかっていた。つまり彼女は避妊用のインプラントを入れたばかりなのだ。

itou20170327191304.jpg

処置中。

マリーシェルというその女性は38才で、すでに10代後半の長男を含め3人の子供があった。

七年間、ピルを飲んでたけどとても面倒なの。体調も悪くなるし。インプラントなら無料で入れてくれるって言うし、取り出すのも無料だそうだから」

と彼女は晴々と笑った。ロセルの話だと今回はMSFが資金を出しているが、やがてリカーンの医療がフィリピン政府の健康保健の財源でカバーされるようになればと考えているらしかった。

なるほどそういうビジョンを持ったプランなのかと思っていると、今度は看護師の一人が木で出来たペニスを机の上に置いた。女性たちは色めき立ち、明るく恥ずかしそうに笑いながらその後に続く看護師の説明を聞き、なぜかさかんにスマホで写真を撮った。外での断面図の説明とその木で出来たペニスの説明がどう違うのかまるでわからなかったが、とにかくバランガイ220は男性器の話で持ち切りだった。

少しすると、看護師はコンドームを出し始め、木のペニスにつけてみせた。するとすでに子供を抱いていた母親さえ目を丸くしたし、写真を撮る女性たちの中にも手を止めて見入る人が出た。これには俺も驚いた。

彼女たちはコンドームの付け方さえ知らなかったのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税

ワールド

UAE、イスラエルがヨルダン川西岸併合なら外交関係

ワールド

シリア担当の米外交官が突然解任、クルド系武装組織巡
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 5
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中