最新記事

北朝鮮

金正恩氏を「罵倒する動画」を北朝鮮メディアがうっかり宣伝

2016年11月24日(木)15時42分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

Kim Hong-Ji-REUTERS

<北朝鮮の官営メディアも韓国の朴槿恵大統領のスキャンダルに対する批判を展開。しかし、引用した韓国メディアの動画の中に、とんでもない映像が入ってしまっていた> (写真は2014年にソウルで行われた反北朝鮮デモより)

 北朝鮮の朝鮮中央通信は23日、「民心を代弁するメディアの力は大きい」と題する論評を配信した。朴槿恵大統領の知人女性による国政介入疑惑を追及する複数の韓国メディアの活動を、次のように評価する内容である。

「異常者でブタ」

「進歩と保守を超越して特大型不正スキャンダルの真相を究明しているメディア活動こそ、正義と真理の代弁者、時代の先覚者としての責任と役割を全うしようとする正当かつ義に徹する行動だ」

 何とも立派な言説である。国民に、自由な発言がまったく許されていない国から出た主張とはまったく思えない。

 北朝鮮には言論の自由が皆無に等しく、報道は国営・官営の御用メディアによる体制宣伝が大部分を占めている。しかし、国外に向かっては「完璧な民主主義国家」を自称しているから、時折こんな「上から目線」の論調が飛び出すのだ。

 とくに金正恩党委員長が最高指導者となってからは、このように外国の報道に言及したり、インターネット上の世論をすくいとったりして体制宣伝を行うことが増えたようだ。

 これが、正恩氏本人の「カラー」であることは間違いない。正恩氏は、こうしたメディア戦略を自ら指揮しているのだ。そうでなければ、公式メディアが正恩氏のヘンな写真をバンバン公開できるわけがない。

(参考記事:金正恩氏が自分の"ヘンな写真"をせっせと公開するのはナゼなのか

 しかし自由な言論と親しんだことのない北朝鮮のメディア担当者たちは、どうやら海外の報道から拾った情報を検証したり、裏を取ったりといった作業に不慣れなようだ。だから、時にはとんでもないミスが飛び出す。

 朝鮮中央通信は前述した論評を出したのと同じ日に、「憤怒をかき立てる朴槿恵逆徒の7時間の行方の真相」と題した記事を配信した。

 韓国の朴槿恵大統領は、大型客船・セウォル号の沈没事故が起きた当日、何をしていたか説明されていない「空白の7時間」がある。そして、「その時間、実は美容整形の施術を受けていたのではないか」との疑惑が持たれているのだが、最近、事故発生後と前日の朴氏の顔写真を比較して、「明らかに目の周りのしわが消えている」と指摘する動画がインターネット上にアップされた。

 朝鮮中央通信の記事は、この動画が韓国のネットユーザーの間で話題になっていると紹介する内容だ。もっとも、大部分は韓国メディアの記事からの引用であり、同通信が掘り起こしたネタではない。

 ここで、起きてはならないミスが起きた。

 件の動画に付けられた字幕には、「(朴氏に)異常者でブタの金正恩が率いる北朝鮮軍と向き合うこの国の安保を、任せることができるのか?」などと、正恩氏を罵倒する内容が含まれているのだ。

 北朝鮮で「最高尊厳」と崇められる正恩氏を「異常者でブタ」呼ばわりしている動画を宣伝するなど、かの国のメディアではあり得ないことだ。

 朝鮮中央通信が動画を確認せず、韓国メディアの情報だけを頼りに記事を作成したからこそ起きた間違いだろう。北朝鮮では、当局者といえどもネットへの接続が厳しく制限されており、朝鮮中央通信に対しても、ネットの自由な閲覧は許可されていない模様だ。

 では、このような間違いが起きないよう、正恩氏はネットのアクセスを拡大する「英断」を下すことができるのか。おそらく無理だろう。

 北朝鮮当局は、海外の情報が国内で拡散するのを嫌っており、韓流映画を見ただけの女子大生に拷問を加えるような極端な取締りを行っている。ネットの自由化など、論外中の論外なのだ。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

 そもそも、正恩氏に対して批判的でないメディアなど、主要国にどれほどあるだろうか。しかし本来、国家の指導者にもなれば、ネットに流布する批判や噂、罵詈雑言の類を気にするものではない。

 それにたとえ報道の自由がなくても、たとえネットに書き込むなどの手段が使えなくても、圧政に苦しむ北朝鮮国民は、心の中で正恩氏に対し辛辣な批判を向けている。むしろ、その方がよっぽど怖いものであることを、いずれ正恩氏も知る日が来るかもしれない。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国吉利、30年までに世界トップ5入り狙う 販売目

ビジネス

狼狽ショックは収まったように思う=長期金利上昇で片

ワールド

EU、米との協力強化に意欲 威圧なら対抗とも 緊急

ワールド

高市政権は財政規律に相当注意、しっかり発信したい=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 2
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレアアース規制で資金が流れ込む3社とは?
  • 3
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている「とてつもなく巨大な」生物...その正体は?
  • 4
    老化の9割は自分で防げる...糖質と結び付く老化物質…
  • 5
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の…
  • 6
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 7
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 8
    ノーベル賞に選ばれなかったからグリーンランドを奪…
  • 9
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 10
    宇宙人の存在「開示」がもたらす金融黙示録──英中銀…
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 3
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 4
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 5
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 6
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 7
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 8
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 9
    中国のインフラ建設にインドが反発、ヒマラヤ奥地で…
  • 10
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中