最新記事

北朝鮮

トランプ勝利は金正恩氏に「2つのハッピー」をもたらす

2016年11月10日(木)15時46分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

 次に軍事面だが、実はここにも人権問題は絡んでくる。

 米国と韓国が、軍事力によって北朝鮮の核の脅威を取り除こうと思えば、偶発・突発的な衝突が起きた場合、それに素早く乗じ、一気に正恩氏の命を狙う――つまりはカウンター攻撃による「斬首作戦」を仕掛けるしか可能性はない。

 何故なら民主主義国家では、戦争を始めるにも国民にリスクを説明しなければならないが、「核ミサイルが飛んできて、もしかしたら打ち落とせないかもしれないけど、それでもやりますか?」と聞かれ、賛成多数で「YES」との答えが出る状況など、ちょっと考えられないからだ。

 しかしカウンター攻撃を狙う場合は、「相手が先に攻めてくるかもしれない」という状況説明に加え、「北の人々を圧政から解放する」という大義名分があれば、押し切れないこともない。実際、米国はこのような構図でイラク戦争を始めている。

 それも、トランプ新政権下で人権包囲網が後退することにより状況は変わる。正恩氏にとっては、カウンター攻撃でやられるリスクが減るということだ。

 ちなみにトランプ陣営でも、外交・安全保障諮問役のマイケル・フリン前米国防情報局長が、「(核・ミサイル挑発を繰り返す)北朝鮮の現体制を長く存続させてはならない」などと言ってはいる。しかし、何をどうするか、アイデアはないように見える。

 その上、韓国の政治があの体たらくである。

 米国と韓国、そして日本も加えた事実上の「3国軍事同盟」は、基本的には強固だ。トランプ氏が日米や日韓の安保について何を言い出そうとも、簡単に瓦解することはないし、北朝鮮が米軍の軍事圧力から完全に自由になることもない。

 ただ、本当に朝鮮半島有事となれば、どう考えても主役は韓国軍である。とくに最もリスクの高い地上兵力は、「統一」の悲願に殉じる覚悟で韓国軍が出さなければ、他の国は絶対に動いてくれない。しかし、政治が求心力を欠いている現状で、兵士たちにだけ「命を差し出せ」と言うのも無茶な話だ。

 それにこの先、朴槿恵政権がどうなるかはわからないが、次期政権は、どちらかというと北朝鮮に融和的な政治勢力が担う可能性が高い。

 そうなれば、正恩氏は向こう数年間の猶予期間を得たも同然である。その間、北朝鮮が過激な行動を繰り返すのか、あるいは大人しくなってふりをするのかはわからないが、核兵器の原料となる核分裂性物質を増産していくことだけは確実だろう。

 数年を経て韓国の政治が落ち着き、トランプ政権の次の政権が誕生したときには、正恩氏は今の数倍の核戦力を有している可能性があるということだ。しかも、若年の正恩氏はその間に経験を積み、狡猾さも増しているかもしれない。

 そんな未来を想像し、正恩氏が心からトランプ勝利を祝っていたとしても、全く不思議ではないのである。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=小反発、ナスダック最高値 決算シーズ

ワールド

ウへのパトリオットミサイル移転、数日・週間以内に決

ワールド

トランプ氏、ウクライナにパトリオット供与表明 対ロ

ビジネス

ECB、米関税で難しい舵取り 7月は金利据え置きの
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 2
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中