最新記事

北朝鮮

金正恩式「恐怖政治」が生んだ意外な人気商品

2016年10月17日(月)12時15分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

Jfanchin-iStock.

<北朝鮮の高級幹部たちの間で、ある外国性製品が人気を呼んでいるという。背景にあるのは、金正恩党委員長の恐怖政治。ブラックジョークとしか言いようのないその商品が人気を呼ぶ理由とは>

 北朝鮮の高級幹部たちの間で、意外な外国製機器が人気を呼んでいるという。その機器が人気を呼ぶ背景に、日増しに強まる金正恩党委員長の恐怖政治があるというのだからさらに驚きだ。

処刑前の動画公開

 金正恩氏は、会議などで少しでも居眠りしたり、意にそぐわない提案をしただけでも、「忠誠心が足りない」「反革命分子」などの罪をなすりつけ、一時的な思想教育である「革命化処分」、最悪の場合は「銃殺刑」に処する。

 昨年4月、当時の玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長が、人間を「ミンチ」にしてしまうような残忍極まりない方法で処刑された。処刑理由は、会議中に「居眠り」し、さらにそれを見咎められて口答えしたからとされている。

(参考記事:玄永哲氏の銃殺で使用の「高射銃」、人体が跡形もなく吹き飛び...

 また、金正恩氏は昨年、スッポン工場を現地指導した際、管理不行き届きという理由から工場内で激怒。後に責任者を処刑し、さらにその直前の激怒した動画まで公開したことがある。

(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導

 いつどんな理由で処刑されるからわからない状況では、当然、幹部たちは重度のストレスにさらされる。そしてストレスと睡眠不足は糖尿病の一因であり、実際、高級幹部が高血圧や糖尿病を患うケースが増えていると平壌在住のデイリーNK内部情報筋が語る。

 こうしたなか、北朝鮮幹部の間で、韓国製の「血圧計」と「血糖値測定器」が人気を呼んでいるという。

麻酔無しで切開手術も

 北朝鮮の高級幹部は烽火診療所、一般幹部は南山病院、赤十字病院などの幹部専用の病院で検査を受ける。しかし、医療機器は老朽化し、医師の技術も高いとはいえない。北朝鮮の医療環境の劣化を端的に表すエピソードとして、ある脱北者は、麻酔薬なしの切開手術を行った「恐怖体験」について証言している。

 現場の医師たちは献身的に診療に携わっているが、幹部たちが北朝鮮の医療を信用せず、血圧と血糖値を計測できる韓国製機器を欲しがるというわけだ。

 機器の入手は困難だが、中朝を往来するビジネスマンや機関関係者に頼んで取り寄せてもらう。韓国では、一般的な血圧計、血糖値測定器が4万ウォンから6万ウォンほど(約3700円~5600円)で売られているが、北朝鮮では何倍もの値段が付けられる。

 北朝鮮の幹部ですら、自国の医療を信用せず、敵国である韓国の医療技術を信頼するというのは、なんとも皮肉な話だ。いや、韓国製品の人気の理由が「金正恩式恐怖政治」というのは、ブラックジョーク以外のなにものでもない。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ――中朝国境滞在記』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)がある。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税

ワールド

現代自、米国生産を拡大へ 関税影響で利益率目標引き

ワールド

仏で緊縮財政抗議で大規模スト、80万人参加か 学校

ワールド

中国国防相、「弱肉強食」による分断回避へ世界的な結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中