最新記事

北朝鮮

北朝鮮軍「処刑幹部」連行の生々しい場面

会議に秘密警察が乗り込んできて連行――恐怖政治は日増しに強まり、粛清の嵐が吹き荒れている

2016年2月16日(火)16時20分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

粛清は終わらない 金正恩の叔父にあたる張成沢が処刑されたときは大きなニュースとなったが、今回の李永吉総参謀長のケースもあのときとよく似ている(2013年、ソウルの街角で張成沢処刑を伝えるニュース映像) Kim Hong-Ji-REUTERS

 処刑されたと見られている朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の李永吉総参謀長が逮捕される生々しい瞬間を北朝鮮の内部情報筋が伝えてきた。

 逮捕劇の舞台となったのは、2月はじめに開かれた拡大会議。金正恩第一書記も出席していた会議の最中に、いきなり秘密警察が乗り込み、「反党・反革命分子」として李永吉を逮捕・連行したという。

(参考記事:処刑説の北朝鮮総参謀長「会議場から連行」、生々しい逮捕時の様子)

 情報筋の話は、あくまでも伝聞情報だが、過去にも金正恩氏の叔父にあたる張成沢氏が似たような形で逮捕・連行されたことから、可能性は十分にあり得る。

 2013年12月8日、平壌で開かれた朝鮮労働党政治局の拡大会議の最中、張成沢氏は名指しで「反党・反革命分子」と批判され、その場で逮捕・連行された。その4日後の12日、張成沢氏は、軍事裁判にかけられ即時処刑された。

 北朝鮮国営メディアは、張成沢氏が会議から連行されていく瞬間と、裁判にかけられる写真を公開した。それを分析した結果、厳しい拷問を受けたあとが見られるとも言われている。

 本欄では繰り返し述べているが、金正恩氏の恐怖政治が日増しに強まっていることを、張成沢氏と李永吉氏の粛清劇は物語っている。とりわけ軍部に対する恐怖政治は顕著だ。昨年5月には、日本の防衛大臣にあたる人民武力相の玄永哲氏を無慈悲に処刑。そして今回は、李永吉氏総参謀長を処刑した。

(参考記事:玄永哲氏の銃殺で使用の「高射砲」、人体が跡形もなく吹き飛び...)

 金正恩氏は、2012年にも父・金正日氏がお膳立てした李英鎬(リ・ヨンホ)総参謀長を粛清している。つまり、最高指導者になってからわずか5年間で2人の総参謀長を粛清したことになる。

 北朝鮮の歴史は、国内の派閥闘争と粛清の歴史でもあるが、短期間でここまで大規模な粛清の嵐が吹き荒れるのはありえなかった。しかも、金正恩氏の粛清は「見せしめ」としての意味合いが強く、その処刑方法も残忍きわまりない。

 こうした処刑を最終決定しているのは、もちろん金正恩氏だ。その裏で、誰を粛清し、誰を処刑するのか、企画・立案しながら暗躍する二つの機関がある。朝鮮労働党の中枢機関といえる「組織指導部」と秘密警察「国家安全保衛部」だ。とりわけ、国家安全保衛部長の金元弘(キム・ウォノン)氏は、粛清・処刑の実行部隊長であることから恐れられ、多くの人の恨みを買っている。その面構えを見れば、確かに「処刑執行人」という呼び名がふさわしい。

 前述の張成沢氏が3年前に処刑された時、「金正恩氏の絶対権力が確立した。今後は安定に向かう」という声もあった。筆者は「張成沢の処刑は序章に過ぎず、間違いなくまた同じことが起こる。粛清という恐怖政治は一旦使い始めると止まらない」と、真逆の主張をしていたが、まさにその通りになりつつある。

 金正恩氏には、恐怖政治のゴールが、まったく見えていないようだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ――中朝国境滞在記』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)がある。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏、雇用統計「不正操作」と主張 労働省統計

ビジネス

労働市場巡る懸念が利下げ支持の理由、FRB高官2人

ワールド

プーチン氏、対ウクライナ姿勢変えず 米制裁期限近づ

ワールド

トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命令 メ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    これはセクハラか、メンタルヘルス問題か?...米ヒー…
  • 8
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    ニューヨークで「レジオネラ症」の感染が拡大...症状…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中