最新記事

政治

官僚たたきは正しかったのか

2015年6月19日(金)18時00分
大西 裕(神戸大学大学院法学研究科教授)※アステイオン82より

 ところが、一九九〇年代に入ってFDAの権限を弱める改革が行なわれて以降、FDAが守ってきた公益には揺らぎが見られるようになる。この改革は、製薬業者の立場に近く、政府規制ではなく自由競争を重視する共和党によってなされた。FDAがより代理人的になったことは、果たしてよかったことなのであろうか。

 カーペンターは明示的には述べていないが、本書は、官僚制の別の側面を描き出すことに成功している。それは、「信託者」としての側面である。先ほど述べた代理人としての官僚制は、本人たる政治家によって設定された目的を実現しなければならない。そのためにはいかなる政策を使って実現するか、というレベルの裁量はあるかもしれない。しかし、ここで示されている信託者としての官僚制は、目的設定自体も主体的に行なう。確かに、国民を薬害から守るという意味での大きな目標は国民から与えられたものであるが、その目標を達成するためのより具体的な目的設定については大幅に委託されている。そして、FDAは、委任の連鎖から切り離され、直接的に政治家の監督を受けないからこそ、究極の目標である公益実現に貢献できるのである。

 しかし、連邦議会の定める法律によって設置され、連邦議会の意思次第では組織も目的も変更されうるFDAが高い自律性を保ち得たのは何であったのか。それをカーペンターは、組織に対する評判の高さであるという。患者と消費者の安全を守り、科学的な正確さと的確さに依拠して政策を形成、実施しているという、一般市民からの評判が、製薬業者や医療従事者への指導力、新薬への拒否権、さらには現代医学の基準やルールをも規定する権力を作り上げてきた。逆に言えば、評判の衰えがFDAへの信頼を揺るがせ、政治的自律性を損なうことにつながる。

 本書が提示した信託者としての条件が、カーペンターがいう評判であるかどうかについては、議論の余地がある。カーペンター自身、前著では評判だけでなく課長級の中間管理職が持つ市民社会とのネットワークが重要であるとしている(注2)。他方ヒューバーは地方組織における裁量のあり方が重要であるとする(注3)。裁量を地方組織が持てば、政治家が地方に働きかけて、例えば労働者の労働条件の保護基準の統一など、政策本来の持つ性格をねじ曲げてしまうからである。フッドはそもそも官僚制が信託者なのか代理人なのかは、ヨーロッパ大陸諸国や日本と、英米・新興国とで根本的に異なるとしている(注4)。まだまだこれから研究がなされるべき領域であり、結論が出ているわけではない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

再送-米政府、海上停滞中のイラン産原油売却を容認 

ワールド

米国防総省、パランティアのAIを指揮統制システムに

ビジネス

米ユナイテッド航空 、秋まで運航便5%削減 中東情

ワールド

米、イラン戦争の目標達成に近づく=トランプ氏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン革命防衛隊
特集:イラン革命防衛隊
2026年3月24日号(3/17発売)

イスラム神権国家を裏からコントロールする謎の軍隊の歴史と知られざる実力

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公開...母としての素顔に反響
  • 2
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラリアの「NVES規制」をトヨタが切り抜けられた理由
  • 3
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え時の装いが話題――「ファッション外交」に注目
  • 4
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 5
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 6
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 7
    「嘘でしょ!」空港で「まさかの持ち物」を武器と勘…
  • 8
    将来のアルツハイマー病を予言する「4種の先行疾患」…
  • 9
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 3
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 4
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 5
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 6
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 7
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 8
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 9
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 10
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中