最新記事

政治家

「サッチャーお断り!」カードを捨てるワケ

小学生から労働組合まで幅広く嫌われた女帝も今は悲しみを誘う?

2013年4月9日(火)18時02分
ジューン・トーマス

鉄の女 この世を去っても我々を叱り続けるサッチャー元英首相 Roy Letkey-Reuters

 私は「サッチャーを嫌う会」の会員カードを持っていた。ここにちゃんと証拠もある。私がこのカードをどこで手に入れたか、おそらくは英国共産党の機関誌「マルキシズム・トゥデイ」が主催した会議だったかと思うが、ちょっと記憶がおぼろげだ(70年代後半の頃の遊びと言えばはこんな学生運動だった)。 

 ただ、その当時の社会の雰囲気は強烈に記憶している。まるで、イギリスがバラバラに壊れていくようだった。IRA(アイルランド共和軍)によるテロか公共交通機関の事故――鉄道駅の大火災やテムズ河の遊覧船沈没――が毎週のように起こっていた。理由が何であれ、包帯を巻いた生存者とメディアに出られるとなると、マーガレット・サッチャー首相は病院に駆けつけて一緒に写真を撮りたがった。

 こんな行動を見せられると、私のような英国人の心は怒りと恐怖で一杯になった。だから「サッチャーお断り!」カードを持つようになった。カードにはこう記してある。「たとえどんな状況であろうとも、事故が起こった際、このカードの所有者はサッチャーの訪問をお断りします」

 今どきこんな行動は無礼に聞こえるだろう。民主世界のリーダーの1人が、わざわざ時間を割いて病院のベッドで寝ている自分を見舞ってくれるというのに、それをご遠慮願うと言っているのだから(お恥ずかしいことに、「サッチャーお断り!カード」のモデルになった臓器移植の意思表示カードのほうは持たないままだった)。

 自己弁護すれば、あの時代、イギリスはそれくらい強烈なサッチャー嫌いの空気に覆われていた。これに比べれば、バラク・オバマ大統領がアメリカ人ではないと強弁する一部アメリカ人の敵意も愛情表現のように思えるくらいだ。

 小学校時代、私は学校で「サッチャー、サッチャー、牛乳ドロボーのサッチャー」と叫んでいた。なぜならその頃、教育大臣だったサッチャーが学校での牛乳配給制度を撤廃したからで、私たちはその犠牲者だった。私はそれまで、毎朝配られるボトル入りの生ぬるい牛乳を飲むのが嫌でたまらなかった。だが、だからといってサッチャーの改革に賛成かというと、それとこれとは話が別だ。

 私が高校に入ってから大学を卒業してまもなくイギリスを離れるまで、サッチャーへの抗議活動を盛り上げるのは決まってシュプレヒコールを挙げることだった。声を挙げれば皆が条件反射のように「マギー、マギー、マギー」「辞めろ!辞めろ!辞めろ!」と連呼した。エルビス・コステロも『トランプ・ザ・ダート・ダウン』の曲でこう歌って彼女を批判している。「長生きしたい/長生きしてあんたの墓を踏みつけるために」

時間とともに消えた憎しみ

 サッチャーはなぜこれほど嫌われるのか?その理由は彼女の行った政策にある。水道やガス事業の民営化や公営住宅の売却、フォークランド諸島を巡るアルゼンチンとの戦争、炭鉱労働組合をはじめとする労働者との争い――。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米アマゾンの稼ぎ頭AWSトップが退任へ

ビジネス

ソニー、米パラマウント買収を「再考」か=報道

ビジネス

米国株式市場=上昇、ナスダック最高値 CPIに注目

ワールド

米はウクライナ支持、安全保障や主権が保証されるまで
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 7

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中