最新記事

ロシア

それでもプーチンは生き残る

下院選の不正問題でソ連崩壊以来最大のデモが発生。しかし大多数の国民は民主主義も革命も望んでいない

2012年1月25日(水)14時46分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

革命前夜? 「反プーチン」の叫びはどこまで広がるか(12月10日モスクワで行われた抗議デモで) Andrey Rudakov-Bloomberg/Getty Images

 12月4日に行われたロシア下院選の不正に抗議して、モスクワとサンクトペテルブルクの市街に大勢の市民が繰り出したとき、ジョン・マケイン米上院議員は上機嫌でツイッターに書き込んだ。「ブラード(ロシアのウラジーミル・プーチン首相のこと)よ、あなたのそばに、もうすぐアラブの春がやって来るぞ」

 それは違う。10日に行われた6万人規模のデモはソ連の共産主義体制崩壊後、最大のものだったが、モスクワのボロトナヤ広場が「第2のタハリール広場(エジプト民衆革命の中心地)」にはなることはない。プーチンがエジプトの独裁者ホスニ・ムバラクのように、市民の怒りによって権力の座から追われることもない。

 プーチン体制にとっては、05年に年金削減に抗議する大規模デモが全土に広がって以来最大の試練であることは間違いない。4日の下院選では、過半数の有権者がプーチン率いる最大与党「統一ロシア」以外に投票した。不正により得票の水増しが行われたとされているにもかかわらず、同党の得票率は49・5%にとどまった(前回の07年は64%だった)。

 それでも、デモに参加した市民は少数派でしかない。選挙への参加を許された唯一のリベラル政党ヤブロコの公式の得票率はたった3%(不正がなければ6%を獲得していたと、同党は主張)。ロシア共産党と公正ロシア党の一部リーダーはデモを支持しているが、両党の支持者が大挙してデモに加わる事態にはなっていない。

民主主義よりも秩序を

 プーチンが直面しているのは、あくまでも民主主義の「管理」の問題だ。革命の脅威にさらされているわけではない。

 民主主義の「管理」に関して、プーチン陣営の参謀たちは相次いでミスを犯した。まず、穏健リベラル派の大富豪ミハイル・プロホロフの政治活動を妨げたのが失敗だった。プロホロフの活動を容認していれば、市民の不満のガス抜きがかなりできたはずだ。それに加えて、選挙不正問題への対応がお粗末だった。

 プーチン体制のいわば最高戦略立案者であるウラジスラフ・スルコフ大統領府副長官も問題を認めている。彼は先頃、珍しくメディアのインタビューに応えて、「都市の不満分子」を政治システムに取り込む必要があると発言した。

 その後程なくして、プロホロフが再び政治の表舞台に現れて、12年3月のロシア大統領選にプーチンの対抗馬として出馬する意向を表明した。

 プーチン体制が用意した「当て馬」だと、反プーチン派はこの動きを批判している。いずれにせよ、3月の大統領選でプーチンが当選して大統領職に復帰するというシナリオは動かない。

「アラブの春」とは、状況がまるで違う。エジプトのムバラク前大統領一派と違って、プーチンにはまだ多くの選択肢が残っている。例えば「良い独裁者」の役回りを演じ、高官を何人か更迭し、汚職で何人か訴追してもいいだろう。

 それに、今回の下院選で統一ロシアの得票率が50%を割ったとはいえ、それはプーチン個人への反対票というより、汚職の蔓延に対する抗議の意味合いが強い。ロシア国民は誰でも、役人の汚職により日々迷惑を被っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ブラジルに計50%関税 航空機やエネル

ビジネス

FOMC、93年以来の2票反対 ウォラー・ボウマン

ビジネス

米国株式市場=ダウ・S&P続落、FRB議長発言で9

ワールド

米、パキスタンと協定締結 石油開発で協力へ=トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い」国はどこ?
  • 4
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 5
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 6
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 9
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 10
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中