最新記事

ユダヤ国家

イスラエル経済の矛盾に抗議デモの嵐

物価高騰の背景には、ヨルダン川西岸への入植費用やユダヤ教超正統派への福祉予算という特殊事情も

2011年9月6日(火)15時04分
ダン・エフロン(エルサレム支局長)

発火寸前 9月3日、生活費高騰に抗議するデモには史上最多45万人が参加した(写真は7月23日) Amir Cohen-Reuters

 それは数人の大学生が住宅価格や家賃の上昇に抗議して、テルアビブの目抜き通りにテントを張ったところから始まった。食料品やガソリンなどの価格高騰に不満を募らせた人々がそれに加わり、デモ参加者の数はついに2万人に達した。

 中東での騒乱になぞらえて、これをイスラエル版「アラブの春」と呼ぶ者もいる。ネタニヤフ首相は最初こそ事態を軽く見ていたが、後に長期的な改革を約束。だが、抗議者たちを解散させることはできなかった。

 労働者総同盟ヒズタドルートのトップは、政府が物価を下げて低中所得者層の生活を守る努力をしなければ、全国規模のデモに踏み切ると迫った。

 数年前まで、テルアビブの物価は世界的にみればそこそこの水準だった(主要都市の物価ランキングで40位近辺)。だが03年以降、順位は次第に上がり、昨年はある調査で19位に。東京やモスクワよりは安いが、ニューヨークよりも高いという。

 イスラエルでは巨額の安全保障支出のせいで税金が欧米より高いからという説明が一般的だ。なかでも悲惨なのは自動車で、100%の購入税がかかるため新車はアメリカの2倍も高い。

 しかし、国防予算は70年代以降激減し、昨年はGDPの6.3%程度にとどまっている(アメリカは約4.7%、フランスやイギリスは3%未満)。一方でヨルダン川西岸への入植費用や、ユダヤ教超正統派への福祉予算は膨らんでいる(労働年齢にある超正統派の男性のかなりの数が、国から生活費をもらって宗教を学んでいる)。

 イスラエル経済に関する著書もあるデービッド・ローゼンバーグは、政策に圧力をかける強力なロビーの存在を指摘する。「入植費用のはっきりした数字は分からないが、税金を押し上げているのは確かだ」

 国が小さく人口が800万弱と少ないため、主要産業にほとんど競争がない点を理由に挙げる経済学者もいる。その結果、ビジネスは少数の者に牛耳られる。「15〜20ほどの一族がイスラエル経済をほぼ支配している」とバルイラン大学の経済学者ダニエル・レビは言う。

 デモ参加者たちの要望をかなえるには経済の抜本的な改革が必要だ。しかし金利は歴史的に低い水準にあり、不動産価格や賃貸料は上昇を続けるだろう。デモによる需要の伸びに応じて、テントの価格まで上昇中だ。

[2011年8月10日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、28年にROE13%超目標 中期経営計画

ビジネス

米建設支出、8月は前月比0.2%増 7月から予想外

ビジネス

カナダCPI、10月は前年比+2.2%に鈍化 ガソ

ワールド

EU、ウクライナ支援で3案提示 欧州委員長「組み合
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 8
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中