最新記事

世界経済

動かぬ中国、世界通貨安戦争は危険域に

国際社会に通貨切り下げ競争を止める力はなく、世界は文字通り第2の世界大恐慌に向かっている

2010年9月29日(水)18時43分
ダニエル・ドレズナー(米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院教授)

難攻不落 中国に人民元を切り上げさせたいが、報復が怖くて圧力がかけられない(香港の外貨両替所) Bobby Yip-Reuters

 ブラジルの財務相が数日前、「国際通貨戦争」という表現を口にした。英フィナンシャル・タイムズ紙のジョナサン・フィートリーとピーター・ガーナムが、この発言を掘り下げている。


 ブラジルのギド・マンテガ財務相が「国際通貨戦争」が勃発していると発言した。輸出競争力を強化するため、世界各国の政府が自国通貨の為替レートを引き下げようと競っている。

 マンテガの9月27日の発言は、通貨安を誘導したい日本と韓国、台湾の中央政府が相次いで為替介入を行ったことを受けてたもの。アメリカが中国に人民元の切り上げ圧力をかけているにもかかわらず、輸出大国である中国は人民元の価値を抑制し続けている。一方、シンガポールからコロンビアまで多くの国々が自国の通貨高に警告を発している。「我々は自国通貨を安くしようという国際通貨戦争の真っただ中にいる。ブラジルの輸出競争力を弱める戦いであり、脅威だ」と、マンテガは語った。

 通貨戦争の存在を公言することで、マンテガは多くの政治家がプライベートで語っていたことを公に認めた。通貨安を自国経済を浮揚させる手段の一つと考える国が増えているという事実だ。自国通貨の価値が下がれば、輸出品の価格も下がり、世界的な景気低迷から抜け出したい国にとっては経済成長のカギとなり得る。

 通貨安を誘導しようと目論む国が急増しているため、国際会議での合意形成も難しくなっている。11月に行われる先進20カ国・地域(G20)首脳会議(金融サミット)のホスト国である韓国は、主要な貿易相手国で隣国でもある中国を刺激したくない思惑もあり、為替問題を主要議題にするのをためらっている。


中国包囲網の足並みも揃わない

 もっとも韓国は、G20の文字を刻んだ見事な氷の彫刻の準備には余念がないのだが。フィナンシャル・タイムズのアラン・ビーティーは、国際的な政策調整が行われていない悲惨な現状とその意味をさらに詳しく指摘している。


 為替操作によって国際通貨戦争の主原因の一つをつくっている中国以外にも、多くの大国が為替介入に乗り出している。スイスは昨年、2002年以降初めてスイスフランの単独介入を実施。しかも、外国為替市場で売った自国通貨を国内で買い戻す「不胎化」を行わなかった。

 G20を開催する韓国も他の東アジア諸国と同じく、今年に入って断続的にウォン売り介入を行っている。財政黒字を維持しながら通貨を意図的に下落させるやり方に、アメリカは眉をひそめている。

 ブラジルは昨年来、通貨レアル高と不安定な経済を引き起こす投機資金の流入に懸念を表明してきた。だがそのブラジルも先日、政府系投資ファンド(ソブリン・ウエルス・ファンド、SWF)に外国為替市場でのドル買いを認可した。
 
 人民元の上昇を阻止する為替政策を取る中国にG20で圧力をかけるために国際包囲網をつくりたいアメリカにとって、こうした単独介入は悪い兆候だ。介入を行っている国の大半は人民元切り上げを歓迎するだろうが、中国に公然と反旗を翻したい新興国はないだろう。
 
 ブラジルのセルソ・アモリン外相は先週、組織的な反中国キャンペーンには加わりたくないと発言した。ニューヨークで行われたブラジルとロシア、インド、中国(Brics)の外相会談の後、彼は「ある国に圧力をかけるやり方が解決策を探す正しい方法ではないと思う」と語った。

 さらにアモリンは「我々は中国と良好な協力関係を築いている。ブラジルにとって中国が主要な輸出相手国であることを忘れてはいけない」と付け加えた。

          
 中国に圧力をかけることで中国がさらなる対抗手段を講じるというシナリオを諸外国が恐れている可能性もある。いずれにしても、中国の経済的な抑止力は甚大であることがわかる。

1930年と同じ道をたどっている

 通貨安による近隣窮乏化政策(自国の輸出を増やし、輸出相手国の経済に打撃を与える)は大型の金融緩和につながり、むしろ景気回復の絶好のチャンスだという指摘もある。だが私は、北京大学光華管理学院(経営大学院)のマイケル・ぺティス教授(金融)の見解に賛同する。


 このゲームの行き着く先は明らかだ。1928年にフランスがフラン安への転換を成功させ、イギリスも英連邦内の通商規制を強化すると、世界最大の貿易黒字国だったアメリカは1930年、縮小傾向にあった国際貿易のシェア拡大を狙って、輸入品の関税を大幅に引き上げるスムート・ホーリー法を施行した。他国がこの政策に気付かず、報復措置を取らなければ、アメリカの戦略は見事だったといえるだろうが、当然ながら世界中が注目。その結果、国際貿易の崩壊が加速し、アメリカのような貿易黒字国は深刻な打撃を負った。

 我々は今、同じ道をたどろうとしているようだ。近隣窮乏化政策の世界では、報復政策に加わらない国は窮地に陥る。唯一の問題は、どのような報復政策を取るかだ。為替介入をしたり、公定歩合を変更できる国は、通商的に最も効果的な介入手段として報復政策を選択するだろう。為替介入や公定歩合調整のできない国はほぼ確実に、関税の操作に走るだろう。しかも、国際的な政策協議によって、こうした状況を変えるのはすでに手遅れの可能性が高い。


 2008年の経済危機以降、国際的な政策協議の必要性は一段と高まっている。とはいえ、為替問題に関してG20はまったくの無力。世界経済は文字通り、第2の世界大恐慌に向かっている。
 

Reprinted with permission from Daniel W. Drezner's blog, 29/09/2010. ©2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ラファ住民に避難促す 地上攻撃準備か

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、4月も50超え1年ぶり高水準 

ビジネス

独サービスPMI、4月53.2に上昇 受注好調で6

ワールド

ロシア、軍事演習で戦術核兵器の使用練習へ 西側の挑
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中