最新記事

W杯

オランダに負けてほしいワケ

2010年7月9日(金)18時09分
ブライアン・フィリップス

負ける芸術集団のイメージが定着

 クライフを擁した74年大会のチームは初戦から6試合、ブラジルやアルゼンチンといった強豪も含めて敵を圧倒して勝ち上がった。6試合で計14得点をあげ、許した失点はわずか1点。 

 迎えた西ドイツとの決勝戦では、キックオフ直後、オランダは西ドイツの選手がボールを触るより前にファーストゴールを決めていた。だが彼らはあまりにも自信過剰になっていた。前半25分、西ドイツがペナルティキックで同点に追いつくと、オランダチームは崩壊。最終的に2対1で破れた。

 政治的な色合いが強かった78年のアルゼンチン大会。2年前に軍事クーデターが起きた直後に開催された大会で、オランダは前回ほど圧倒的な力を発揮できなかった。クライフも他の多くの選手と同様、軍事政権に対する抗議として出場を拒否した。それでもオレンジ軍団は開催国相手の決勝戦まで駒を進め、ブエノスアイレスの7万人の観衆が見守る完全アウェーの状況で、緊張感のある試合を戦った。だが結局は延長戦で2点を失い、3対1で散った。

 こうして生まれたのが、オランダのサッカーは芸術的だが不安定、というイメージだ。美しきトータルフットボールがほころびを見せればもろくも敗れ去ってしまう。だがこのイメージはまったく正しいというわけではない。トータルフットボールは勝つために編み出されたもので、芸術の真似ごとがしたかったわけではない。

 それにオランダ人は「トータルフットボールでサッカーの理想的なプレースタイルが完成した」と、この戦術の優位性を誇ることで、西ドイツへの屈辱的な敗北に耐えてきた。クライフは「美しいサッカー」を体現した教祖的な存在となり、オランダ代表がトータルフットボールを捨てた後も、常に3トップで戦うべきだと主張。「プレースタイルを評価されることに勝るメダルはない」などと言い放った。

 スポーツ哲学として、クライフの主張は正しいとは言えない。試合は勝つために戦うのであり、理想のプレーを披露するためのものではない。

 時を経てサッカーの戦術が進化してきたこと、さらに私が想像するに称賛を得ても勝利が得られない代表をめぐって焦りが生じたことで、オランダは徐々にトータルフットボールから脱却し始めた。より実利的で荒削りなスタイルへと進みだしたのだ。08年まで代表を率いたマルコ・ファン・バステン監督の下、彼らは前がかりな4-3-3のフォーメーションから、カウンター重視の4-2-3-1へと移行していった。

「ティキタカ」の起源はクライフ

 今回のオランダ代表は華やかさをさらに失ったチームだ。右サイドから中央に切り込むアリエン・ロッベンの動きに頼り切っている。彼らが勝ち残ったのはディルク・カイトの不恰好ながらも豊富な運動量と、マルク・ファン・ボメルの中盤での激しいラフプレー、そして多くの偶然に助けられたからだ。ベルト・ファン・マルヴァイク監督もあらゆる場面で、チームをトータルフットボールの遺産から距離を置かせようとしてきた。勝つためにここにいる、と彼は言う。ほかの何のためでもない、と。

 確かにそのやり方で彼らは勝ち進んできた。しかしサッカーは美しくあるべきという文化は、オランダに限らず世界の多くの国に根付いている。

 ほかのメジャーなスポーツと比べてサッカーの試合は、簡単に支離滅裂なものになってしまう。これぞサッカー嫌いの人たちが「サッカーはつまらない」と言う理由の1つだ。規則性のないプレーと適当なキックばかりでは、ゴールが決まっても偶然の産物としか思えない。慎重な試合運びを好むチームは、秩序のない動きを心がけ、相手のプレーを混乱させ、長時間にわたる膠着状態を生み、ラッキーなバウンドを祈りながら前線のストライカーに向かってやみくもにロングボールを入れる。

 ほかのスポーツでは、偉大なチームとは敵を打ち倒すもの。だがサッカーの偉大なチームとは敵だけでなく、ゲームそのものにも打ち勝つ。つまり美しい試合を展開してくれるのだ。サッカーを批判しているように聞こえるかもしれないが、それはあなたが素晴らしいサッカーを自分の目で見ていないからだ。

 美しくスタイリッシュなプレーは勝利より重要ではない。だがスタイリッシュにプレーするチームは試合を見る価値を高めてくれる。つまり勝敗とは関係ない大事なものを見せてくれる。クライフとトータルフットボールの時代、オランダは世界の誰よりもスタイリッシュにプレーしていた。

 だがここ数年、この地位にいるのはオランダではなくスペインだ。「ティキタカ」の愛称で知られるプレースタイルは華麗にパスをつなぎ、根気よく相手を崩し、コンスタントにプレスをかけるというもの。トータルフットボールとは違うが、起源はFCバルセロナの監督を8年間務めたクライフにさかのぼることができる。

 スペインのスタイルはトータルフットボールと同じく整然とし、同じく美しいアプローチだ。だからこそ私はスペインに優勝してほしい。オランダが嫌いだからではない。かつてのオランダをあまりにも愛しているからだ。

Slate.com特約)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン氏とブダペストで会談へ、トランプ氏が電話会

ビジネス

日銀、政策正常化は極めて慎重に プラス金利への反応

ビジネス

ECB、過度な調整不要 インフレ目標近辺なら=オー

ビジネス

中国経済、産業政策から消費拡大策に移行を=IMF高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体は?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 8
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 9
    ホワイトカラーの62%が「ブルーカラーに転職」を検討…
  • 10
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 1
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中