最新記事

北朝鮮

北のデノミは暴動の導火線

庶民と役人のささやかな蓄財もパアにする通貨政策は、王朝崩壊や核拡散の引き金を引きかねない

2009年12月10日(木)18時17分
ダニエル・ドレズナー(米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院教授)

我慢も限界? 人々が旧紙幣で貯めこんでいた「たんす預金」が紙切れ同然に Jo Yong hak-Reuters

 私の職場の上司であり、米政府の北朝鮮政策を統括するスティーブン・ボズワース特別代表が12月8日、平壌入りした。いい機会なので、北朝鮮政府が国民に慕われようとはしていないことをここで指摘しておきたい。

 そんなことは知っている? では、別の言い方をしよう。北朝鮮政府は最近、これまで以上に国民を無視した振る舞いをしている。

 問題は、11月30日に実施した通貨ウォンのデノミネーション(通貨単位の切り下げ)による新通貨の導入だ。国民は旧紙幣を新紙幣に交換しなくてはならないうえに、一人当たりの交換金額に制限がある。

 目的は2つある。一つは、ウォンのゼロをいくつか切り下げること。もう一つは、中国との国境沿いで旧紙幣を貯めこんでいる貿易業者を一掃することだ。

 AFP通信は、北朝鮮政府がついに国民を怒らせる方法を見つけたようだと報じている。


 いらだった市民が旧紙幣を燃やしているとの報道がされるなか、韓国の人道支援団体「グッドフレンズ」によれば、当局はそうした行為を厳しく罰すると脅しているという。

 多くの市民はカネの出所を詮索されるのを避けるため、価値のなくなった旧紙幣を当局に差し出すより燃やすことを選ぶだろうと、「グッドフレンズ」関係者は言う。紙幣には建国の父である金日成国家主席と息子で後継者の金正日の肖像が描かれており、その顔を傷つける行為は重罪に当たる。

役人が新たな「負け組」に

 生まれたばかりの民間の食料品市場がデノミによって次々に潰れ、市民は基本的な食料品を入手するのも困難な状態だ。国連食糧農業機関(FAO)は、北朝鮮が再び食糧危機に陥ると予測している。

 米国平和研究所のジョン・パークは、今回のデノミが政治経済に与える影響についてうまい解説をしている。


 市場経済が活発な地域に住む北朝鮮国民が商取引拡大の恩恵を受けるのに伴い、当局の人間は役職の高低にかかわらず、その分け前に預かる方法を見つけていた。彼らは賄賂の大半(貿易業者にとっては「みかじめ料」)を着服し、一部を自身が所属する組織に回す。

 今回のデノミによって市場から吸い上げる賄賂が減れば、彼らは資金不足に陥る。リッチな暮らしを享受してきた彼らが、一般国民と同じ不満をかかえる。デノミが生んだ新たな「負け組」は、過去に政府主導で経済改革や通貨改革が行われたときの抗議者たちよりも高度で組織だっているかもしれない。

 北朝鮮政府が一貫性のない配給体制や全国規模の公的サービスの改善と再建という巨大事業に取り組んできていれば、デノミによって闇市場を締め上げ、国民を再び国家に依存させて管理体制を強化できたかもしれない。

 だが政府はそうした努力をしてこなかったようだ。政府はデノミよって秩序の回復をねらっているようだが、国民だけでなく多くの政府関係者にも広く利用されてきたシステムを壊すことで、経済的、社会的、政治的な不安定化のスイッチを押してしまったのかもしれない。

体制不安で核拡散のリスク

 北朝鮮の体制が揺らぐのはいいことでは? いや、核問題を考えればそうでもない。

 北朝鮮の国内不安は、ボスワースにとっても、6カ国協議にとっても、核不拡散の努力全般にとってもマイナスだ。イラン政府は6月の大統領選をめぐる動乱の後、保守派の基盤を強化し、政権への支持を回復させるために核問題への態度を硬化させた。

 北朝鮮で同じロジックが働かない理由はない。実際、北朝鮮が今年取ってきた好戦的な態度も、国内不安のせいだと考えると辻褄が合う。
 
 この話題はまだ続きそうだが、非常に嫌な予感がする。
 
Reprinted with permission from Daniel W. Drezner's blog, 10/12/2009.©2009 by Washingtonpost. Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、退職年金にプライベート市場投資促す大統

ビジネス

物価目標2年で実現できず、異次元緩和に懐疑論=15

ワールド

ロサンゼルスから州兵半数撤収へ、移民摘発巡る抗議デ

ワールド

米、小国向け関税通知を近く送付 税率10%強の可能
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 5
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 6
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 7
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 8
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中