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中国社会

中国の女はもう我慢しない

2009年9月8日(火)12時33分
ダンカン・ヒューイット(上海支局)

 政府で働く人々も無関係ではない。上海の若い女性会社員フォン・トンイェンは国営銀行の求人に応募した際、担当者から「男性のほうが選考基準が緩い」と聞かされた。「結局、採用された100人のうち80人が男性だった」

 進歩の兆しもいくつかあるが(例えば80年に中国の大学生のうち女性は23%だったが、現在は50%に増えた)、男女の格差は依然としてかなり大きい。中国の人材紹介最大手、中華英才網の07年の報告書によると、中国のホワイトカラーの平均年収は男性が4万4000元(6441ドル)に対し、女性は2万8700元(4201ドル)だった。

 仕事で成功している女性のなかにも、「ガラスの天井」で出世が制限されているという不満がある。英コンサルティング会社グラント・ソーントンの最近の調査では、中国の民間企業の上級管理職のうち女性はわずか30%だった。

 問題の1つは規制がお粗末なことだ。「中国の憲法は男女平等を強調している」と、タフツ大学の孫は言う。「しかし実践するのはかなり困難だ。個々の法律はあまり具体的でないか、弱過ぎる」

 裁判に訴えても「女性だから性差別を受けたということを立証するのはとても難しい」と、北京大学法学部女性法律研究支援センターの李瑩(リー・イン)は言う。

 フェミニスト全盛期とされた50年代と60年代でさえ、性差別の問題はあったと孫は指摘する。中国は「かなりのことを」成し遂げたが、「100%ではなかった。例えば女性は働くべきだと言いながら、多くの国営企業で彼女たちは清掃や単純作業をしていた」

 こうした慣習は政界にも反映されている。共産党員7000万人のうち女性は約20%。党の最高権力機関の中央委員会は委員204人のうち女性はわずか13人だ。  家父長制を思わせる風潮はたくさんある。レストランでは男性客が女性従業員に向かって指を鳴らし、「小さな妹」「小さな女の子」という意味の「小妹(シャオメイ)」と呼ぶことも多い。

 このような態度は家庭内暴力が多い理由にもつながると、専門家は指摘する。北京大学の李は、全世帯の約30%に家庭内暴力があるだろうとみる。地方の家庭は1人目が女の子の場合だけ2人目の子供を持てる(貧しい家では娘のほうが役に立たないという考えに基づく)というような政策も、偏見を助長している。

若い世代は差別に敏感

 しかし近年は政府も性差別問題に取り組んできた。昨年は家庭内暴力の撲滅を目指して大々的なキャンペーンを始めた。05年にはセクシュアル・ハラスメント(性的嫌がらせ)を規制する法律を導入したが、ハラスメントの定義は曖昧なままだ。

 より重要なのは、一部の市民が自分たちで状況を打開しようとしていることだろう。多くの大都市では女性の運営するNGO(非政府組織)が移住者に職業訓練や情報を提供し、売春の罠に落ちないように手助けしている。

 インターネットも女性の組織づくりを助けてきた。「(ネットによって)性差別に関する情報に触れることができるようになった」と、孫は言う。

 ネットの行動主義は、ここ数カ月は特に顕著だ。昆明の女子生徒の事件が世間の注目を集めた大きな原動力は、有名なロック歌手でジャーナリストの呉虹飛(ウー・ホンフェイ)がブログに投稿したことだ。

 鴆玉嬌の事件をめぐる真相も、逮捕後に入院していた彼女をブロガーの呉淦(ウー・カン)が訪ね、彼女がベッドに縛り付けられているのを発見してようやく明らかになった。呉は撮影した写真をネットに投稿し、世論の激しい怒りを後押しした。

 これらの出来事は、中国社会がより豊かになって教育が広まるにつれて、女性の権利に対する関心が高まりつつある兆しかもしれない。「都会で良い教育を受けた若い世代は、個人の法的権利をはるかに強く意識している」と、華東師範大学の姜は言う。

「社会が公平な環境を提供して法的な保護を保障しなければ、誰でも餌食になり得る」と、昆明の事件に巻き込まれた家族の支援にも協力した呉は強調する。

 その思いは鴆玉嬌の騒動ではっきりと表れた。北京と湖北省の省都、武漢で繰り広げられたデモ行進で、手を縛り口を封じた女性たちが「第2の鴆玉嬌は誰?」と書いたプラカードを掲げたのだ。

 鴆の事件では政府が方針を翻したが、女性の権利を訴える運動に対する当局の反応は今のところ、基本的に断固として冷たい。ほとんどの中国人は「(女性問題が)緊急だと思っていない。改革しなければならないことが多過ぎて、性差別は最も関心のある問題ではないようだ」と、姜は言う。

 中国でフェミニストを名乗ることはいまだに、多かれ少なかれタブー視されていると嘆く活動家もいる。さらに、都会で成功している多くの女性は、地方の女性に仲間意識をほとんど感じていない。

 それでも一連の騒動と世論の大きな反応は、転換期になるかもしれない。孫によれば、中国の大学に女性問題の研究所や課程ができたのはようやく95年から。しかし今は当たり前になり、影響力を持ち始めているという。

 ますます多くの若者が「差別に敏感になっている」と、孫は言う。彼女の教え子はメディアや政府、多国籍企業、NGOなどの中枢で働いていて、女性問題を理解している。市民の間にも理解が広がり始めるのに、それほど時間はかからないかもしれない。

[2009年8月12日号掲載]

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