最新記事

ビルマ

何度も「消された」スー・チー

89年に初めて自宅軟禁されて以来、外国からの援助が欲しい軍事政権の都合で「解放」されたこともあったが、民主化指導者としての人気が怖くてまた拘束の繰り返し

2009年5月27日(水)17時29分
ジョー・コクラン(バンコク)

 ミャンマー(ビルマ)の軍事政権を率いるタン・シュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長(70)は、カメレオンのような独裁者だ。

 社会主義を捨てる代わりに、国家ぐるみの腐敗体制を敷いた。民主主義を装って、90年代には民主化指導者アウン・サン・スー・チー国民民主連盟(NLD)書記長の自宅軟禁も何度か解除した。

 だが先週、ついにその本性を現した。スー・チーらNLD幹部を再び拘束したのだ。「軍事政権はスー・チーを抑えきれなくなるのを恐れている。止めるなら今だと思ったのだろう」と、隣国タイの軍幹部は言う。

 ミャンマー北部を遊説中だったスー・チーが大勢の支持者を集めることにいらだっていた軍事政権は、軍政支持者とNLD支持者の間で衝突が起こるとすぐに行動を起こした。

 軍事政権は昨年5月、国際社会の制裁解除を期待してスー・チーの軟禁を解いた。しかし10月には、あくまで民主化を求めるスー・チーとの対話を打ち切った。

誰も信じない「保護」説

 パンドラの箱を開けたことに気づいたのだと、NLD支持者は言う。NLDは90年の総選挙で圧勝したが、10年以上にわたる弾圧のせいでいまだに政権の座には就いていない。それでも、NLDに対する支持が色あせる気配はない。

 ここ数カ月、スー・チーの遊説先に集まる支持者は急増していた。スー・チーも大胆さを増し、軍幹部を公然と批判し、90年の選挙結果を受け入れるよう要求した。「スー・チーの人気を目のあたりにして、タン・シュエはますます不安になった」と、タイにあるNLD亡命政権の報道官は言う。

 5月30日の夜遅くにミャンマー北部の町イェーウーで起こった流血事件の真相については、今も議論が続いている。軍事政権側は、軍政支持者とNLDの活動家が突然こぜりあいを始めたと説明。死者4人、負傷者50人を出す事態になり、「安全確保」のためにスー・チーを拘束したと言う。彼女が負傷したという噂は否定している。「彼らの説明に満足した人間は一人もいない」と、ある西側外交官は語った。

 反政府活動家や西側外交筋によれば、軍の支援を受けた政治組織のメンバーが、発砲しながらイェーウーに向かうスー・チーの車列と支持者を襲撃した。約70人が死亡し、数十人が負傷したと反政府側は言う。スー・チーの拘束場所は不明だ。

 軍事政権は全国のNLD支部を閉鎖し、首都ヤンゴンにあるスー・チーの自宅の電話を切断。学生の暴動を恐れて大学も閉鎖した。

 タン・シュエは弾圧を命じるにあたり、経済崩壊を防ぐための政治的妥協を主張していた政権内穏健派の反対を押し切った可能性がある。ミャンマーの通貨チャットの公式レートは1ドル=6・5チャットで固定されているが、市場の実勢では1400チャットに暴落している。1人当たりの国民所得も年間300ドルを下回る惨状だ。

第2の北朝鮮になるのか

 タン・シュエは、もはや制裁解除を待つ余裕はないと判断したのかもしれない。「軍事政権は決断を迫られている」と、人権団体フォーラム・アジアのゴトム・アリヤは言う。「西側との関係改善を進めるか、経済の惨状が政治不安に発展する前に断固たる姿勢を見せるかだ」

 軍事政権に圧力をかけることに消極的だった中国や東南アジア諸国も、露骨な弾圧に態度を硬化させるかもしれない。今度こそ、欧米諸国や国連の最後通告を支持するのではないかと、専門家は言う。スー・チーと和解して民主化を進めるか、北朝鮮のような「ならず者国家」になるかだ。

 今回の事件で軍事政権の評判は「深い傷を負った」と、タイに亡命中の雑誌編集者アウン・ソーは言う。「面目を一新するには、大がかりな整形手術が必要だ」。

[2003年6月18日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米中貿易巡る懸念が緩和

ビジネス

米国株式市場=大幅反発、米中貿易戦争巡る懸念和らぐ

ビジネス

米国株式市場=大幅反発、米中貿易戦争巡る懸念和らぐ

ビジネス

米労働市場にリスク、一段の利下げ正当化=フィラデル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇敢な行動」の一部始終...「ヒーロー」とネット称賛
  • 4
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 10
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中