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ロシア

メドベージェフの大言壮語

2009年4月7日(火)16時11分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)、アンナ・ネムツォーワ(モスクワ支局)

モスクワ市場に信用なし

 原油価格がピーク時の3分の1にまで落ちこんだ今、メドベージェフの立場は微妙だ。ロシアの地位は不安定になり、大統領就任当時の勢いはない。過去6カ月でモスクワ市場の株価は65%以上も下げた。通貨ルーブルも2カ月で25%下落している。世界銀行の推定では、09年にもルーブルはさらに15%安くなるという。

 それでも、10月に行われたEUの緊急金融会議に招かれたメドベージェフは、「モスクワを強力な金融センターにして、ルーブルを地域的な準備通貨にしてみせる」と豪語した。だが原油価格が150ドルの時代ならともかく、今となっては失笑を買うばかり。ロシアの最大の輸出品である石油や天然ガス・武器の取引は今でもドル建てだから、外国人はルーブルに見向きもしない。

 メドベージェフが現実的に望みうることは、せいぜいロシア企業が(ロンドンやニューヨークではなく)モスクワ市場に上場するよう促し、ロシア資本の国外流出を防ぐことくらいだろう。しかし、それも実現の見込みは薄い。今のモスクワ市場は平均株価が下がりはじめるとすぐ閉鎖されるから、投資家は安心できない。

イランやカタールをだき込んで「天然ガス版OPEC」を結成するという構想も、メドベージェフは口にしている。エネルギー分野におけるロシアへの依存度を減らそうとするヨーロッパの動きを牽制するねらいだ。

 しかし、大した効果はないだろう。元祖OPEC(石油輸出国機構)でさえ、このところの原油価格急落を止められないのだ。天然ガスの供給契約は何十年先まで決まっているから、価格の調整はむずかしい。しかもEU諸国はロシア産天然ガスへの依存を大きく減らしつつある。シンクタンク「ヨーロッパ外交評議会」のピエール・ノエルによると、EUの天然ガス輸入に占めるロシアのシェアは、80年当時に比べてほぼ半分の40%に下がっている。

 西側はメドベージェフの脅しに中身がないことを理解しはじめているようだ。ミサイルを配備するという脅迫も、ヨーロッパを不安に陥れることはなかった。

 アメリカが東欧にミサイル防衛(MD)システムを配備するなら、こちらはロシアの飛び地カリーニングラード州に「イスカンダル」ミサイルを配備する――メドベージェフはそう主張している。計算上、このミサイルはヨーロッパの真ん中まで到達できるが、グルジア紛争で使用されたイスカンダルの精度は低かったと、軍事アナリストのパベル・フェルゲンハウエルは指摘する。

自由を求める考えは本気

 だがロシア政府に近い政治評論家スタニスラフ・ベルコフスキーによれば、そんな細部はどうでもいい。メドベージェフの意図は、米軍のミサイル配備がロシアを刺激するのではないかというヨーロッパの懸念を利用して「米欧の仲を裂く」ことにある。その意味で、これは古典的なソ連流の交渉術。「わざと問題を引き起こし、妥協を引き出す算段」だ。

 だが、バラク・オバマが米大統領選に勝って次期大統領に選ばれた数時間後にミサイル計画を発表したことは、妙に攻撃的でそぐわないものにみえた。そもそも、ミサイル配備に関するオバマ政権の方針はまだ出ていない。

 タカ派的な発言をまともに受け取らない政治家もいる。「ロシアの脅しには慣れた」と、ポーランドのドナルド・トゥスク首相は言う。「そんな発言をあまり真に受けてはいけない」

 もちろん、ロシアをばかにしたり、張り子のトラ扱いするのは禁物だろう。

 原油価格の低迷と世界経済の混乱で、ロシアは壁にぶちあたっている。メドベージェフは価格を統制し、資本の流れを制限することでロシア経済を管理したい誘惑に駆られるだろう。グルジア介入と同じような軍事的冒険を繰り返したくなるかもしれない。

 だが、メドベージェフが自分の思い描くとおりに世界を改革できるチャンスはほとんどない。それでも彼は、本気で「自由は不自由よりいい」と思っているようだ。ロシアが世界経済の仲間入りをすること、国を汚染する「法的ニヒリズム」を根絶することにも、本気で取り組んでいるらしい。

 貪欲で腐った官僚を追放し、法の支配を導入するといった基本的な改革に成功すれば、ロシアはより機能的で豊かな国になるかもしれない。実体経済の繁栄と西側との新たな建設的な関係は、どんなミサイルの脅迫よりもロシアを強い国にするだろう。

[2008年12月 3日号掲載]

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