最新記事

安全保障

核の脅威を止める21世紀の抑止力

核兵器の製造元を特定する「核鑑識」技術は北朝鮮などからの核流出を防げる唯一の方法だ

2009年4月7日(火)15時41分
グレアム・アリソン(ハーバード大学教授)

ならず者 軍事施設を視察する金正日
KCNA-Reuters

4月初めの「発射実験」を予告し、核兵器開発に突き進む北朝鮮。テロリストの手に核兵器が渡る可能性が高まる今、核攻撃の責任を流出元の製造国に負わせる新たな枠組みが必要だ。一方、海上型MDは果たして機能するのか。

 北朝鮮は07年、核開発問題に関する交渉をアメリカと行う一方で、シリアに核開発の技術や設備、核物質を提供した。そのおかげでシリアは核兵器の製造につながる原子炉を建設できたとされる。

 これが明らかになったとき、アメリカの外交官や核の専門家は金正日(キム・ジョンイル)総書記の背信行為に驚きを隠せなかった。その後イスラエルは、原子炉とみられていたシリアの施設を爆撃した。

 北朝鮮は今もしたたかだ。4月4〜8日に「通信用の人工衛星」を打ち上げると予告した。長距離弾道ミサイルの発射実験を強行する構えだ。アメリカや日本、韓国は「国連安全保障理事会の制裁決議に反する」として打ち上げ中止を求めているが、6カ国協議が中断するなかで有効な対策を打ち出せずにいる。

 北朝鮮は核弾頭を弾道ミサイルに搭載可能なほど小型化することにも成功したとみられ、緊張は高まっている。

 金総書記は何をしようとしているのか? 米政府で安全保障政策にかかわる誰もがこの疑問を重大視している。ロバート・ゲーツ国防長官は最近、「テロリストが大量破壊兵器、とくに核兵器を手に入れる」ことを想像すると眠れなくなると語った。

 ウサマ・ビンラディンがニューヨーク攻撃用の核兵器を北朝鮮から1000万ドルで買い、イスラエル攻撃のためにもう1発、2000万ドルで買ったとしたら......。こんな事態が起きないようにするためには、実効力のある対策で北朝鮮を封じ込めるしか道はないと、米政府当局は考えている。ぐずぐずしている暇はない。

 核兵器がテロに使われる可能性は、ジョージ・W・ブッシュ前大統領が政権に就いたときより高くなっているのだろうか。超党派議員でつくる大量破壊兵器拡散・テロ防止委員会は今年2月、「アメリカの安全レベルは低下している」と警告した。

 仮にニューヨークが核攻撃を受けた場合、核燃料が製造されたのが寧辺の原子炉と特定できれば、新しい有効な核抑止策となる。場合によってはウラン鉱石を採掘した鉱山まで特定することも必要だ。こうした「核鑑識」の概念の背景には、北朝鮮の政府高官に核拡散の代償が高くつくことをはっきり伝えるねらいがある。たとえば想定されるのは、北朝鮮の高官2人がビンラディンからの申し出のメリットを議論する場面だ。

 一方を「タカ派」、もう一方を「臆病なタカ派」と名づけよう。金総書記の面前で議論はこんなふうに進む。「申し出を受けるべきです」とタカ派が言う。「親愛なる首領様のご指導の下、 10発の核兵器を製造しました。そのうち2発を売っても8発は残ります。アメリカや韓国がわが国に侵攻したり、政権を転覆させたりするのを防ぐにはそれで十分です。それにわれわれには外貨が必要です」

 この主張に臆病なタカ派は戦慄する。「もしアルカイダが核兵器をニューヨークの真ん中で爆発させ、50万人の犠牲者が出たら、アメリカは北朝鮮を地図から消し去ろうとするのではないか?」

 タカ派は椅子の背にもたれて不敵な笑みを浮かべる。「アメリカには核兵器の出所はわかるまい。ビンラディンが潜伏しているパキスタンでも手に入る」

 現状ではタカ派が優勢だろう。米当局としてはこの状態を逆転させたい。

 核物質を製造した国に管理責任を負わせられれば、新たな「均衡」をつくり出すことができる。アメリカとソ連が対峙した冷戦下では報復攻撃の恐怖が核ミサイルの発射を防いだ。「相互確証破壊」と呼ばれるこの均衡によって何十年間も平和は維持された。この均衡の成立には核ミサイルの出所がはっきりしている必要があった。

 闇市場で売買されるプルトニウムの製造元を特定するのはそれより困難だが不可能ではない。科学者がその手法を確立しつつある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:日米為替声明、「高市トレード」で思惑 円

ワールド

タイ次期財務相、通貨高抑制で中銀と協力 資本の動き

ビジネス

三菱自、30年度に日本販売1.5倍増へ 国内市場の

ワールド

石油需要、アジアで伸び続く=ロシア石油大手トップ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中