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医療保険改革

オバマケア反対論者のあきれた偽善

自分や家族が公的医療保険の恩恵にあずかりながら、オバマ政権の医療保険改革に反対する恥知らずたち

2009年8月24日(月)18時43分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

怒号 メディケアを公的医療保険ではないと主張する人たちは、無知か嘘つきかのどちらかだ(8月12日、コロラド州で開かれた医療保険改革に関する対話集会で) Rick Wilking-Reuters

 アメリカの自然食品スーパー、ホールフーズ・マーケットのジョン・マッキーCEO(最高経営責任者)が、自らの信念を明らかにしたことは評価されるべきだろう。自由主義を信奉する彼は、8月11日付けのウォールストリート・ジャーナルにコラムを寄稿。公的医療保険は社会主義化への第1歩だと主張し、代替案を提示した。より健康的な食習慣を意識したり、同社の従業員が加入しているような高免責医療保険(当初の自己負担額が大きいが保険料は安い保険)を導入すべきだと彼は書いている。

 ホールフーズの広報によれば、マッキーは「他の従業員と同じ制度に加入している」という。同社には、高免責医療保険と「個人健康管理口座」の制度があり、会社側がフルタイムの従業員の保険料を肩代わりしているほか、1人当たり年間1800ドルを口座に補助している。CEOにとっていい制度を従業員みんなで、というわけだ。

 しかしテレビや新聞に登場して、公的医療制度はうまくいくはずがなく、非効率で、ジョージ・オーウェルの描く管理社会を彷彿させる悪行だと息巻く人たちは、どうもマッキーとは違うようだ。

メディケアを公的医療保険と認めない人たち

 これ程多くの人たちが、これ程大きな問題に関して、これ程無知であったことは、かつてなかっただろう。オンラインマガジン「スレート」の記者ティモシー・ノアによれば、メディケア(高齢者医療保険制度)が公的制度ではないと考える人たちは、無知か嘘つきかのどちらかだ。

 まず、メディケアが税金で運営されている公的な医療保険制度だという事実を知らない人たち。これは無知だ。それよりずっと多くの人たちが、自分と家族を支えているメディケアが公的医療制度であることを知りながら、そうではないと言い張っている。彼らは嘘つきだ。

 メディケアとメディケイド(低所得者医療保険制度)のほか、政府職員や軍人の医療保険、救急医療サービスなどを加えれば、相当数のアメリカ人が何らかの形で公的医療の恩恵にあずかっている。実に多様な層だ。富裕層の高齢者、貧困層の子供たち、大学教授、連邦議会議員、教師、自動車運輸局の職員とその家族......。

 ではテレビに登場して、オバマ政権の医療保険改革を「社会主義化」と糾弾している連中はどうなのだろう? 彼らの両親や(もし存命ならば)祖父母も、公的医療保険のメディケアに入っているはずだ。私の両親もそうだ。医療保険改革を攻撃している75歳のチャールズ・グラスリー上院議員(共和党)も、メディケアは公的医療保険ではないとテレビで言い張った69歳のエコノミスト、アーサー・ラッファーも、税金で負担するメディケアの対象に入っている。

 ルドルフ・ジュリアーニ前ニューヨーク市長も、ニュート・ギングリッチ元下院議員(共和党)も、テネシー大学法学部の教授も、ジョージ・メイスン大学の職員も同様に公的医療保険の世話になっている。

 当たり前じゃないかって? それでもこの点を指摘する必要がある。こうした人たちは、これまでも、そしてこれからも、政府に医療費の伝票を回すのだ。だからと言って、彼らが安楽死させられたり、私有財産を没収させられたりするようなことはない。おかしなことに、自分や自分のスタッフ、家族の医療費を税金が負担していることに関し、「偉い人たち」が不満を言うことはない。彼らの多く――とりわけ高齢者――は、公的医療の世話になるより他に選択肢はない。

 保険会社は病気の人ではなく、健康な人と契約を結ぶことで利益を得ている。高額の治療が必要な病気にかかりやすい高齢者には不利だ。メディケアは「抑圧」であり、高齢者は意思に反して加入を余儀なくされていると発言したディック・アーミー元院内総務(共和党)は、保険会社が彼のような69歳の喫煙者と安く契約を結びたがっているという、明らかな幻想を抱いている。

議論する前に家族の保険状況を開示せよ

 90年代にインサイダー取引が問題になって以降、証券アナリストは、自分や家族が分析対象となる企業の株を所有しているかどうかを公表することが義務付けられた。以後、それが信頼性を示す指標となった。

 医療保険の分野でも、同様の基準が必要だ。医療保険改革に関する議論に参加したければ、専門家だろうと議員だろうと記者だろうと、自分や家族が公的医療保険に入っているかどうかを明らかにするべきだ。

 そうすることで、テレビの貴重な放送時間が削られるかもしれない。しかし、これで議論の要旨は明確になる。公的医療保険に頼る人物が、なぜ他の何千万人という国民はその恩恵にあずるべきではないと語ることができるのか。その点に注視すればいい。

 国民皆保険制度に反対する人たちの多くは、公的医療保険が反倫理的で社会主義的だと、本気で考えているわけではない。何しろそれがなければ、彼らは破綻してしまう。財政赤字の拡大を反対理由にしていたとしても、それは建前だ(共和党は数年前、処方薬をメディケアで負担するという法案を強引に成立させたが、それも超過支出じゃないか)。

 要するに反対派は、公的医療保険が自分たちや自分のスタッフ、家族をカバーすることは適正で大切だと感じている。しかし他の国民は仲間に入れたくないのだ。ホールフーズのCEOと違ってワシントンの議員たちは、自分の利権を他の人には害悪だと信じ込ませたいらしい。

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