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米政治

米民主党がちらつかせる「調整」の威力

ブッシュ時代に共和党が活用した上下院の調整手法が、今や民主党にとって伝家の宝刀になった

2009年4月22日(水)12時27分
ジョナサン・オルター(本誌コラムニスト)

違いを超えて 上下両院合同の本会議で初の議会演説に臨むオバマ(2月24日)
Joe Skipper-Reuters

 セックスやドラッグやロックンロールの話なら楽しいが、今回のコラムは調整とごまかしと「キャップ・アンド・トレード」方式についての話だ。

 まあ聞いてほしい。バラク・オバマ米大統領が就任演説で呼びかけたように「子供じみたことはやめる」なら、ワシントンの大人が執着する手続きに関するくそまじめな話は避けて通れない。そして、医療制度や教育制度やエネルギー政策の抜本的改革のほうが、共和党が民主党の強行採決を非難するかどうかより重要だという考え方に慣れなければならない。

 米議会の調整は(単語は似ているが)離婚調停とはまったく関係ない。下院と上院が連邦予算をめぐる意見の違いを調整し、細部を詰めるプロセスのことだ。上院で順調に議事を進行させ、予算案を通すために必要なのは、過半数の51票。民主主義なら多数決は当然と思うかもしれないが、そう単純な話ではない。

 半世紀前、上院で議事妨害が行われるのは平均2年に1回。法案を葬り去るため、1人の議員が20〜30時間にわたって発言を続けた(電話帳を朗読することさえあった)。討議を打ち切って法案可決に進む「討議終結」には、上院の3分の2の賛成が必要だった。

 現在の議事妨害は芝居じみた手法は使わないし、討議終結には5分の3(60票)の賛成があればいい。この数年間、少数派の上院議員はなぜか、重要な法案の通過には60票が必要だと思い込んでいる。民主党は議席数が58しかなく、離反者が出る可能性もあるため、選択肢を検討している。

調整は一種の「保険」

 共和党議員は議会多数派だった01年と03年、調整という手法を富裕層の大幅減税案を通過させるための道具にした。その道具がオバマの政策課題のために使われるかもしれないことに、ショックを受けている(!)。

 共和党のジャド・グレッグ上院議員は(2月にオバマの商務長官指名を辞退したばかりだというのに)、調整という手法を使うのは「暴力行為」で、多数派は「少数派をひき殺し、セメントで固めてシカゴ川に投げ込もうとしている」と言う。

 大した偽善者だ。ブッシュ政権下ではグレッグ自身、減税はもちろん、アラスカ州の北極圏野生生物保護区での油田開発を承認させる道具として、調整プロセスを好んで使おうとした。それが今度は、民主党が私利私欲のためにこの道具を乱用しているかのように国民に思い込ませようとしている。

 言いたくはないが、これも共和党議員の最近の試みと同じで成功しそうにない。共和党が民主党の調整乱用に憤って議事妨害に踏み切ったとしても、エールを送るのはテレビの議会中継をいつも見ている支持者だけだろう。

 実はオバマも民主党議員も調整工作を避けたいはずだ。調整は傷口を広げるし、大統領は議会の騒ぎをよそに超然とした顔を決め込んでもいられなくなる。

 だが必要なら調整も辞さないだろう。議会は4月20日に再開した。上下両院の民主党指導部は、医療保険制度改革法案と教育改革法案が、今年の秋までに上院で60票以上で可決しそうにない場合は、調整もやむなしの姿勢で臨むだろう。

 ラーム・エマニュエル大統領首席補佐官はそれを「保険」と呼ぶ。辛口ブログで知られるエズラ・クラインに言わせると、それは「子供が野球の仲間に入れてと頼む時、入れ墨だらけの兄に無言で後ろにたっていてもらうようなもの」だ。

 いずれにしろ、今は65年にメディケア(高齢者医療保険制度)が施行されて以来の医療保険制度改革のチャンスだ。教育予算は景気刺激策のせいですでに1000億ドル増えているが、民主党が調整をちらつかせているおかげで共和党につぶされる心配はない。

「地域的中立」が成功のカギ

 キャップ・アンド・トレード法案の場合はそう単純ではないが、法案通過は可能だ。ただし調整によってではない。ホワイトハウスはこの方式(企業などの温室効果ガス排出量に上限を設け、過不足分を売買する)からの収入を、医療保険や減税の原資として当てにするという大失策を犯したからだ。

 議会ではこの方式は受け入れられない。インディアナ州やオハイオ州のような二酸化炭素排出量の多い(つまり石炭消費量の多い)州がカリフォルニア州のような排出量の少ない州に助成金を出すようなものだからだ。キャップ・アンド・トレードは、「地域的に中立」でなければ成功しない。

 民主党のヘンリー・ワクスマン下院議員とエドワード・マーキー下院議員には、そんなアイデアがある。ワクスマンは先日、民主党のエバン・バイ上院議員に電話をかけた。バイは石炭消費量の多いインディアナ州の選出で、予算案に反対票を投じ(民主党上院議員では彼を含め2人だけだった)、キャップ・アンド・トレード法案をめぐる調整工作に反対している。

 ワクスマンとマーキーの案には「容認」できるものもあると、バイは私に言った。キャップ・アンド・トレードからの収入によって、二酸化炭素排出量が多い州で電力料金の大幅値上げを抑える案だ。「コペンハーゲンまでに何かが起きる。それは確かだ」とバイは言う。コペンハーゲンとは12月にデンマークで開かれる国連気候変動枠組み条約の第15回締約国会議(COP15)のことである。

 一部の共和党議員も賛成票を投じると、エマニュエル大統領首席補佐官は期待している。キャップ・アンド・トレードは失敗するというこれまでの予想と比べれば、大躍進とは言えないが、前進には違いない。

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