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脳の「バグ」が痛みを増幅? 意識を変えることで疼痛を軽減する新療法

BACK PAIN ILLUSIONS

2024年7月8日(月)10時40分
ヨニ・アシャール(米コロラド大学アンシュッツメディカルキャンパス総合内科助教)
長期間痛みが続くと脳が過剰に反応しやすくなる ASIAVISION/ISTOCK

長期間痛みが続くと脳が過剰に反応しやすくなる ASIAVISION/ISTOCK

<脳内の処理回路の「バグ」が痛みを定着、意識を変えることで疼痛を軽減する治療法の成果とは>

慢性的な腰痛を抱える人は、痛みが起きるのはけがや関節炎、椎間板ヘルニアなど体に問題があるせいだと考えるのが普通だろう。

だが私たちの研究グループは、痛みの根本的な原因は脳内の変化にあり、それを患者が理解することが回復につながることを確認。2023年に米国医師会のオンラインジャーナル「JAMAネットワーク・オープン」に発表した。この研究は「疼痛再処理療法(PRT)」と呼ばれる心理療法の一種で、脳内の無用な痛みのシグナルを「消す」効果が期待されている。この効果を実証するため、無作為に選んだグループにPRTを行い、別のグループにはプラセボ(生理食塩水)を背中に注射する臨床試験を行った。


対象者は慢性の腰痛を持つ21〜70歳の151人。その結果、PRT群の66%が痛みが消滅した、あるいはほぼ消滅したと回答したのに対し、プラセボ群で同様の回答をしたのは20%だった。

これは注目すべき結果だ。これまで心理療法の臨床試験で慢性的な腰痛が完全に消えた例はほぼなかった。痛みが消えたのは、人々の考えがどのように変化したからなのか。

慢性疼痛は今や日常生活を阻害する主要な要因となっており、糖尿病や癌よりも経済的損失は大きいとされる。なかでも一般的なのが腰痛だ。患者も医師も、痛みをもたらす原因を特定することに懸命となり、あらゆる治療法を試みるが、ほぼ無駄に終わる。

不安や恐怖に目を向ける今では、慢性的な腰痛の多くは主に脳内の変化が原因だと考える科学者が増えている。けがが痛みをもたらすとしても、その後に痛みのシステムが「バグ」を起こし、けがが完治した後も痛みの回路を刺激し続けるというわけだ。痛みは脳の「警報装置」。


この装置はたいていうまく機能するのだが、何カ月、何年、何十年も痛みを感じ続けていると、痛みを処理する経路が過剰に反応し、普通は痛みに関与しない脳の領域が作動するようになる。さらに慢性の痛みは脳細胞の一種であるグリア細胞を活性化させる。脳内のこうした変化が痛みを「定着」させるのである。

科学者とは異なり、腰痛を抱える人たちが痛みの原因は腰にあるはずだと考えるのも無理はない。原因が脳だろうと何だろうと、実際に腰が痛いのだから。とはいえ、痛みを効果的に治療するには、痛みの根本的な原因を突き止める必要がある。

私たちの研究では、参加者に慢性腰痛の原因は何だと思うかを自分の言葉で答えてもらった。参加者たちが挙げたのは、けがや関節炎など身体的な要因ばかりで、心や脳に言及した人はほぼいなかった。

PRTの目的の1つは、痛みの原因について異なる考え方ができるようにすることだ。PRTを受けた後では、「不安」や「恐怖」など心や脳に関する回答が約半数を占めた。

痛みに対する考え方が変化するにつれ、参加者の腰痛は軽減していった。考え方が変わることで痛みへの恐怖が減り、運動や社会参加など痛みを軽減する行動へとつながるためだろう。まずは原因を正確に特定することが痛みを治す第1歩だ。

The Conversation

Yoni Ashar, Assistant Professor of General Internal Medicine, University of Colorado Anschutz Medical Campus

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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