最新記事

ヘルス

「これほど抗うつ効果が高いものは思いつかない」 世界的な著名精神科医が指摘するある『行動』とは

2022年8月7日(日)11時26分
アンデシュ・ハンセン(Anders Hansen) *PRESIDENT Onlineからの転載

運動がストレスのブレーキを強化する

数週間定期的に運動するうちに、HPA系の活動はゆっくりと落ち着いていく。そうすると運動のあとだけでなく、もっと長くその状態が続くようになる。HPA系にいくつもブレーキがあるせいかもしれない。中でもとりわけ重要な2つのブレーキが、記憶の中枢として知られる海馬と、額の内側にあり抽象概念や分析的思考を司る前頭葉だ。

海馬と前頭葉はどちらも運動によって強化される。海馬は運動によって物理的にも大きくなるし、前頭葉には細かい血管ができ、酸素の供給や老廃物の除去の能率が上がる。つまり運動によって脳に内蔵されたストレスのブレーキが強化され、それだけでなくHPA系が自分自身にブレーキをかける能力も向上するのだ。HPA系が自分の活動に対してより敏感になるということだ。それによってアクセルとブレーキを兼ねるペダルのブレーキ機能も強化される。

運動の炎症抑制効果

うつというのは様々な神経生物学的プロセスによって引き起こされる多様な状態の総称だ。HPA系の活動が過剰になる以外に、すでに書いたように体内の炎症も関係してくる。また、神経伝達物質であるドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンのレベルが低いこと、そして脳の「肥料」であるBDNF(脳由来神経栄養因子)のレベルが低いこととも関連づけられる。おまけに島皮質(側頭葉に接していて、感情に重要な役割を果たす)の活動が変化し、扁桃体が活発になる。

そういったメカニズムは複数起動する可能性があり、多かれ少なかれうつ患者に大きな影響を与えている。だから、その患者はドーパミンが少なすぎるとか、扁桃体が活発すぎるとか、炎症を起こしすぎているからだとか断定することはできない。しかし運動に関して言うとそれは問題にはならない。どの要因であっても運動にはたいてい真逆の機能があるからだ。

運動はドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンのレベルを上げ、BDNFのレベルも上げる。長期的には炎症を抑える効果もある。なぜかと言うと、運動することによってエネルギーが消費され、そのエネルギーの一部は免疫系から奪われてくるので免疫系の活動が抑えられる。

それは良くないように思うかもしれないが、慢性的な炎症というのはたいてい免疫系が過剰に活動しているせいなのでそれで良いのだ。活動が活発すぎるのを運動が落ち着かせてくれるのだから。

運動ほど抗うつ効果があるものはない

運動はまた、海馬に新しい脳細胞ができるスピードを上げ、HPA系を平常化させる。他にもまだまだあるが、言いたいことはもうわかってもらえたと思う。生物学的見地から言うと、うつに対して運動ほど真逆に働きかけるものは思いつかない。

アンデシュ・ハンセン『ストレス脳』もう1つ、運動の抗うつ効果を理解するためには感情がどのようにつくられるかを考えてみるのもいい。先に説明したとおり、感情とは島皮質が知覚刺激と体内で起きている状態をまとめたものだ。つまり、あなたの感情の状態は身体の外と内からのシグナルを材料にしてつくられる。

一方、運動をすると身体の各器官や組織が強化される。血圧、血糖値、コレステロールが安定し、肺の酸素供給能力も向上し、心臓や肝臓が強化される。そのおかげで脳には今までよりも良いシグナルが届いた上で感情をつくることになる。そうすると不快な感情よりも、心地良い感情がつくられる可能性が高くなる。

実際、運動はうつを予防するためにできる最も重要なことの1つなのだ。

アンデシュ・ハンセン(Anders Hansen)

精神科医
ストックホルム商科大学で経営学修士(MBA)を取得後、ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学に入学。現在は王家が名誉院長を務めるストックホルムのソフィアヘメット病院に勤務しながら執筆活動を行い、その傍ら有名テレビ番組でナビゲーターを務めるなど精力的にメディア活動を続ける。『一流の頭脳』は人口1000万人のスウェーデンで60万部が売れ、『スマホ脳』はその後世界的ベストセラーに。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
presidentonline.jpg




今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、日韓などアジア歴訪 中国と「ディ

ビジネス

ムーディーズ、フランスの見通し「ネガティブ」に修正

ワールド

米国、コロンビア大統領に制裁 麻薬対策せずと非難

ワールド

再送-タイのシリキット王太后が93歳で死去、王室に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...装いの「ある点」めぐってネット騒然
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月29日、ハーバード大教授「休暇はXデーの前に」
  • 4
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 5
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 6
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 7
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中