最新記事
アメリカ

「スモーク・テロワール」――山火事から生まれたワインの物語【note限定公開記事】

THE NEW SMOKE TERROIR

2025年9月6日(土)08時05分
カーリー・クアドロス
夕暮れを背景に赤ワインを注ぐイメージ。山火事ワインを表現

©2025 The Slate Group, PHOTO ILLUSTRATION BY SLATE. PHOTOS BY GETTY IMAGES PLUS―SLATE

<2020年、オレゴンを襲った山火事はワイン産業に大きな損失を残した。だが、その煙の香りをリスクではなく個性に変える造り手たちが現れた>


▼目次
1.灰の中から生まれる新しい発想
2.煙は欠点じゃなく個性
3.スモークを逆手に取る造り手たち
4.煙は不安とぬくもりのあいだに

1.灰の中から生まれる新しい発想

米西海岸オレゴン州のウィラメットバレーにある874のワイナリーにとって、2020年のビンテージは完璧な出来になるはずだった。

東にカスケード山脈、西に海岸山脈を抱くこの地域は理想的な気候で、ピノ・ノワールのブドウは順調に育っていた。

しかし夏が終わる頃、気候変動の影響で記録的な山火事が発生し、煙が渓谷を覆い尽くした。

繊細で多孔質なブドウは大気や土壌からあらゆるものを吸収するため、一帯のブドウは独特のスモーキーな香りや、時には苦味や刺激のある味を帯びた。

その結果、多くの生産者が数百トンのブドウを収穫せずに畑で腐らせざるを得なかった。

全米トップ5の規模を誇るオレゴン州のワイン産業は、この年だけで推定最大15億ドルの損失を出した。

newsweekjp20250905094037.jpg

米西海岸で大規模な山火事が相次いだ2020年には、オレゴン州のフレモント国有林も激しく燃えた ADREES LATIF―REUTERS

しかし、灰の下から現れたのは腐敗と損失だけではなかった。

オレゴン州を含む多くの地域で山火事の煙が新しい常態(ニュー・ノーマル)となるなか、それにあらがうのではなく、「スモーク・テロワール」として共存を目指す新世代の造り手が出てきている。

スモーキーな風味を残した「ワイルドファイヤー・ワイン(山火事ワイン)」は、一時の話題で終わることはないだろう。

今年は上半期だけで既に、カリフォルニア州など主なワイン産地の畑40万ヘクタール以上でブドウが腐っている。

厳しい山火事のシーズンが待ち受けるなか、オレゴン産ワインの20年のビンテージは、気候変動の時代に適応するヒントを教えてくれる。

「20年のウィラメットバレーの真実の物語は、煙抜きには語れない」と、この地のワイナリー、シーニックバレー・ファームズの醸造責任者ガブリエル・ジェイグルは言う。

newsweekjp20250905094252.jpg

2020年を振り返るのはつらいと語るガブリエル・ジェイグル COURTESY OF SCENIC VALLEY FARMS

newsweekjp20250905094124.jpg

山火事の灰は広大なブドウ畑が広がるウィラメットバレーにも降り注いだ BRUCEBLOCK/GETTY IMAGES

山火事がワインに及ぼす影響はオレゴン州だけの問題ではない。ある経済分析によると、20年に米西海岸のワイン産業が被った損害は総額37億ドルに上る。小規模なワイナリーは特に深刻な打撃を受けた。

「21年のビンテージのピノ・ノワールを出荷したときに、このワインがダメだったらもう終わりだと思った」と、ジェイグルは振り返る。

24年5月、オレゴン州の約30のワイナリーとブドウ園が、山火事防止の対策を怠ったとして、地域電力会社パシフィコープに1億ドルを超える損害賠償を求めて提訴した。

同年9月にはウィラメットバレーの3つのブドウ園が、山火事の煙と灰で収穫が台無しになったとして、別の2つの地域電力会社に1100万ドル超の損害賠償を求める訴訟を起こした。

2.煙は欠点じゃなく個性

幸い、煙の影響を受けたブドウも、健康上のリスクはスモークサーモンのベーグルサンドと同じくゼロに等しい。しかし科学的には、煙がブドウに与える影響については分かっていないことが多い。

まず、煙の影響は均一ではなく、ブドウの皮の厚さや火元からの距離によって異なる。

キャンプファイヤーを思い出してほしい。火から離れた所にテントを張っていれば煙のにおいはあまり付かないだろうが、火のそばでマシュマロをあぶっていたら何日か髪が煙臭いかもしれない。

ひとつ確かなのは、オレゴン州で栽培されるブドウの約7割を占めるピノ・ノワールが、特に煙の影響を受けやすいことだ。

これには製法が大きく関係していると考えられる。煙の化合物は主にブドウの皮に蓄積するため、皮ごと発酵させる赤ワインはそれらの化合物が果汁に溶け出しやすいのだ。

そこで、ワイン造りの基本は守りながら、より自然な方法で対処しようと実験を重ねる造り手もいる。

◇ ◇ ◇

記事の続きはメディアプラットフォーム「note」のニューズウィーク日本版公式アカウントで公開しています。

【note限定公開記事】「スモーク・テロワール」――山火事から生まれたワインの物語


ニューズウィーク日本版「note」公式アカウント開設のお知らせ

公式サイトで日々公開している無料記事とは異なり、noteでは定期購読会員向けにより選び抜いた国際記事を安定して、継続的に届けていく仕組みを整えています。翻訳記事についても、速報性よりも「読んで深く理解できること」に重きを置いたラインナップを選定。一人でも多くの方に、時間をかけて読む価値のある国際情報を、信頼できる形でお届けしたいと考えています。

ニューズウィーク日本版 豪ワーホリ残酷物語
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月9日号(9月2日発売)は「豪ワーホリ残酷物語」特集。円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代――オーストラリアで搾取される若者のリアル

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

FRB議長候補、ハセット・ウォーシュ・ウォーラーの

ワールド

アングル:雇用激減するメキシコ国境の町、トランプ関

ビジネス

米国株式市場=小幅安、景気先行き懸念が重し 利下げ

ビジネス

NY外為市場=ドル対主要通貨で下落、軟調な雇用統計
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 5
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 6
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 7
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 8
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 9
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 10
    謎のセレブ中国人ヤン・ランランの正体は「天竜人」?
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 5
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 6
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 7
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 8
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 9
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 7
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 10
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中