最新記事
映画

「ニセの殺し屋」が依頼人と熱烈な恋に...「実話」を元にした映画『ヒットマン』は必見のバディムービー?

A Great New Romantic Thriller

2024年9月13日(金)11時58分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

映画『ヒットマン』場面写真、グレン・パウエル演じるゲイリーは大学で心理学を教えている

大学で心理学を教えるゲイリーは殺し屋を「演じて」警察に協力している ©2023 ALL THE HITS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

「必見映画リスト」の一作

普段のゲイリーは孤独で内気だ。だが「動じない男」キャラのロン(要は、より自信に満ちてセクシーなバージョンの自分自身だ)を作り上げた日、彼は新たな依頼者マディソン(アドリア・アルホナ)と出会う。

刑事らが盗聴するなか、マディソンは「ロン」と一緒にパイを食べながら、殺してもらいたい相手である横暴な夫について語る。この混乱した(おまけに美人なのは偶然ではない)女性に同情したゲイリーは、逮捕につながる発言を引き出そうとせずに、殺害計画を諦めるよう誘導する。


物語の後半は意外な展開だらけだから、あらすじの紹介はここまでにするべきだろう。「ロン」の助言どおりに夫の元を去ったマディソンと、彼女に「世界で最も繊細な心を持つ殺し屋」と思われているゲイリーが、熱烈な恋に落ちると知っていれば十分だ。

職業倫理に反するマディソンとの情事を知られることを恐れたゲイリーは、関係を秘密にしようと主張する。プロの殺し屋のふりをしながら、夫の殺害を諦めるよう説得した女性と関係を持つのは、持続性のある恋愛モデルとは言えない。

それでも、この意外性に満ちたフィルムノワール的カップルは、いつの間にか応援したくなる。

さまざまなジャンル映画の要素を含むとはいえ、本作の本質は心地よい「バディムービー」だ。小粒ながらも、数あるリンクレーター作品の楽しい入門編になっている。カリスマ性のある主役の演技を通じて、実話犯罪ものをほろ苦い人物描写に変える点は『バーニー』と似ている。

独特の魅力を持つニューオーリンズの街角を舞台にしているのは、視覚的に気が利いている。法的・倫理的ジレンマが深まるなか、ゲイリーは法律と欲望の交差点を走り抜け、畏敬と快楽が交わる人生の岐路で立ち止まる。

こうした精神的葛藤が最後まで十分に描かれているとは言えない。確かに、巧みなどんでん返しが少なくとも1つ待っているが、リンクレーターほど深いテーマを扱う監督の作品には、より高いレベルの複雑さを期待してしまう。

それでも、気取りがなくてセクシーで小粋なムード、見事なほどスピーディーな展開、笑えて感動的で変幻自在なパウエルの演技が光る本作は、「必見映画リスト」に加える価値が十分にある。

なかでもパウエルは、スターになるのは確実(まだそうでないなら、の話だが)の存在感を発揮している。さらに感心するのは、パウエルがリンクレーターと共同で脚本を手がけ、たくましい腹筋だけでなく、自身の演技の幅も見せつける作品にしたことだ。

映画界には、これくらい質の高いロマンチックスリラーを作り続けてほしい? ならば、配信を待つのでなく、映画館で本作を見てほしい。

©2024 The Slate Group


HIT MAN
ヒットマン
監督╱リチャード・リンクレーター
主演╱グレン・パウエル、アドリア・アルホナ
日本公開は9月13日

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

フィッチが仏国債格下げ、過去最低「Aプラス」 財政

ビジネス

中国、米の半導体貿易政策を調査 「差別的扱い」 通

ワールド

アングル:米移民の「聖域」でなくなった教会、拘束恐

ワールド

トランプ氏、NATOにロシア産原油購入停止要求 対
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中