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言語学

母語は今やサビつかない

2021年11月24日(水)14時50分
平野卿子(ドイツ語翻訳家)

DrAfter123-iStock

<メールはおろかファクスもなく、親の危篤でもなければ国際電話はかかってこないと言われていた時代がほんの少し前まであった。母語といえども外国で長く暮らすとサビついたものだが、今はどうだろうか?>

スウェーデンの寒村の日本人夫婦

1970年4月。わたしは、今はもうなきYカメラ会社のキャンペンガールとして、スウェーデンにいた。全国のカメラ店を回っていたある日、海沿いの寒村にあるカメラ店で意外なことを聞かされた。

なんでもこの村には日本人夫婦が住んでいて、日本人のわたしが来ると聞いてぜひ会いたいと言っているという。そしてしばらくしてから、愛知県出身だという、中年のご夫婦がやってきた。

ヒナの雄雌を鑑別する専門家で「是非に」と請われ、20年ほど前、つまり戦後間もない1950年頃にこの村にやってきたのだという。ヒナの雄雌の鑑別ができる人はとても少なく、日本人の特殊技能とされている、と。こちらで暮らしてから日本人に会うのはわたしが初めてとのことだった。

話を聞きながら、お二人の日本語がかなりたどたどしいことに気づいた。ずっと外国にいるとはいえ、夫婦で暮らしているのだから、当然日常会話は日本語のはずだ。それなのになぜなのか? 

今でも真相はよくはわからないが、あの時代の夫婦というのは、あまり込み入った会話をすることがなかったのかもしれない。しかもあの小さな村では何の刺激もなく、新しい話題もそれほどなかったのではないだろうか。

決まりきった単調な言葉を繰り返しているうちに、いつしか日本語の会話というより、阿吽の呼吸、つまり夫婦だけの符牒のようなものになっていたのかもしれない。

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