最新記事

エンターテインメント

「携帯キャリアと正反対」 ネットフリックスが幽霊会員を退会させる狙いとは?

2021年9月19日(日)20時00分
Screenless Media Lab. *PRESIDENT Onlineからの転載

昨今はサブスクリプション各社の差異が小さくなっており、同質化していると言ってもいいだろう。

しかし見方を変えれば、テレビやYouTubeといった共通のライバルの存在と競合する中で、全体として映像配信サブスクリプション各社は、一種の共生圏を形成しつつあると解釈できる。それは複数の事業者が「配信された映像コンテンツを無制限に視聴できる」という、同一のメディア体験を提供する共生圏である。

この現象はあたかもテレビ放送において競合する局同士が、全体としてひとつの共生圏を形成している構図に似ている。

サービスに飽きても、コンテンツに飽きてほしくない

映像配信サブスクリプションでは、どのプラットフォーマーも独自企画のオリジナル作品を製作しているが、資金面の制約もあり、それだけでユーザーを満足させ続けることはすでに困難だ。

ひとつの事業者が提供するプラットフォームの中でコンテンツに飽きたユーザーは、新たなコンテンツを求めてそのサービスを解約し、別のプラットフォームに乗り換える。それは地上波テレビの視聴者が、ひとつの局の番組に飽きても、テレビを切るのではなく他局にチャネルを切り替えて視聴を続けるようなものだ。

鳥瞰的な視点から見れば、ユーザーが別のサブスクに乗り換える事は、映像配信サブスクリプションの共生圏内をぐるぐる回遊しているにすぎない。われわれはそのような状態を「カスタマー・サーキット」と呼んでいる。

カスタマーサーキットの図解

図版=Screenless Media Lab.

ユーザー目線で考えると、自分好みのコンテンツを見尽くした後もなお同じプラットフォームに留まっていると、見尽くしたコンテンツ、古いコンテンツばかりが残っているだけで、期待感が失われてしまう。それが映画であれば、「映画っておもしろくないな」と思えてしまう。

そうなると今度は、プラットフォームのみならず、共生圏全体のメディア体験が毀損されることになる。

「退会の勧め」は実は正しい長期戦略だった

「水はよどむと腐る」と言われるが、事業者目線で言うならば、停滞することで腐ってくるのはコンテンツではなく「ユーザー」である。

自社のプラットフォームに囲い込んでみすみす腐らせてしまうよりは、他社に乗り替えてもらい、新たなコンテンツに出会うことでコンテンツ体験を活性化させ、メディア体験への期待を復活させたほうがいい。それは共生圏の維持に寄与し、自らの生存戦略としても機能するはずだ。

あるいはネットフリックスもまたそうした関係性に気づいており、活性が低下したユーザーにあえて退会を促し、複数サービス間で回遊を始めることを促しているのではないか。その目的はこの「映像配信サブスクリプションの共生圏」と、そこにおけるユーザーのメディア体験への期待感を維持することである。

ユーザーが映像コンテンツへの期待を失わずこの共生圏内を回遊しているかぎり、一度ネットフリックスから他社のプラットフォームに移ったとしても、いずれまたネットフリックスに戻ってくることになるだろう。

そうであればネットフリックスが、自社が死蔵しているユーザーを自ら手放して退会を促すことも、一見すると奇異に思えて、実は長期戦略として正解と言えるのではないだろうか。

Screenless Media Lab.

音声メディアの可能性を探求し、その成果を広く社会に還元することを目的として2019年3月に設立。情報の伝達を単に「知らせる」こととは捉えず、情報の受け手が「自ら考え、行動する」契機になることが重要であると考え、データに基づく情報環境の分析と発信を行っている。所長は政治社会学者の堀内進之介。なお、連載「アフター・プラットフォーム」は、リサーチフェローの塚越健司、テクニカルフェローの吉岡直樹の2人を中心に執筆している。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
presidentonline.jpg




今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:中国の飲食店がシンガポールに殺到、海外展

ワールド

焦点:なぜ欧州は年金制度の「ブラックホール」と向き

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みんなそうじゃないの?」 投稿した写真が話題に
  • 4
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 5
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 6
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 8
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中