最新記事

BOOKS

人殺しの息子と呼ばれた「彼」は、自分から発信することを選んだ

2018年10月17日(水)16時50分
印南敦史(作家、書評家)

そのため、常にあるのは「申し訳ないな」という思い。そして、両親の逮捕に伴って9歳で保護されてから15年間、ずっと逃げて隠してごまかして生きてきたという。しかし、逃げ続けていたのでは両親と変わらない。だから外に出ることで、「俺はいまこうしているんですよ」ということを少しでも多くの人に知ってもらえる。彼が著者に電話をかけてきたのも、そんな理由があるからだ。

戸籍がないまま育ってきた彼は、普通の子のように学校に通えるようになってからも苦難の連続だった。ずっと虐待されてきたからか、女の子から好きだと言われても、「好き」の意味が理解できなかった。「お前の父親は犯罪者だ」と言われることもあり、当然のことながら荒れた時期もあった。人間不信に陥ったからだ。小学生の頃は獣医師になりたい気持ちがあったというが、それも「動物は素直で、言葉の裏を読んだりする必要がない」という理由からのものだった。


「動物は、お腹が減ったらご飯を欲しいとねだり、あまえたかったらあまえてくる。体調が悪かったら体調悪そうにするじゃないですか。純粋な生き物やなあって思いますね。絶対的に自分より弱い立場の生き物なんで、恐怖心や不安感を抱くこともなく、何かをしてあげたいという気持ちになるんですよ。で、人間と関わると、また失望するんです。嘘ついて、ごまかして、こんなに醜い生き物がおるんかな。人間って嫌やなって。でも、自分もその人間なんですよね」(151〜152ページより)

中学卒業後、里親の家から高校に通っていた彼は、里親とうまくいかなくなったことがきっかけで高校を中退。社会からの「自分のような存在が面倒くさいだけなんやろうな」という思いを肌で感じながら、職を転々とする。そんななか、小学校の頃の幼馴染だった女性と再会して同居。彼女も、社会保険などにも入っていないような複雑な家庭に育った人だった。

やがて籍を入れたのも、「籍を入れることで彼女に社会的な保証がつくようにしよう」と考えたからなのだそうだ。そして現在は、高校時代の友人から紹介された会社で正社員として働いている。もう5年以上勤めているという。


「こんな俺でも必要としてくれる人たちがいる会社......。会社が俺を必要としてくれてるというんじゃなくて、その会社で働いている人たちが、みんな何かあったら相談してきてくれたりするんです。俺も、何かあったら相談しますし、人間に恵まれてるっていうのがすごくあります。それがたぶん長続きしているいちばんの理由だと思いますね」(162ページより)

しかしそれでも、世間はたびたび両親の事件のことを取り上げた。そういうものが目につくたび、もうやめてほしいという気持ちになっていたというが、いつしか「やめてくれ」というだけではなく、自分から発信していくことを彼は選んだのだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ウクライナ、二重国籍容認へ 戦争で悪化の人口危機緩

ワールド

イラン最高指導者、米が攻撃すれば「取り返しのつかな

ワールド

ガザで30人死亡、住民絶望「私たちは忘れ去られよう

ワールド

イランの遠心分離機製造施設2カ所に被害=IAEA
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火...世界遺産の火山がもたらした被害は?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 6
    【クイズ】「熱中症」は英語で何という?
  • 7
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中