最新記事

BOOKS

無印良品は堤清二の「自己矛盾」だった

2018年12月28日(金)10時45分
印南敦史(作家、書評家)


「わけあって、安い」と打ち出した無印良品。
 もちろん安さは重要なのだが、「ムダを省いたシンプルな商品で生活する幸せ」というライフスタイルを提供することが、肝にある。
 現代の小売業が念仏のように唱える「ライフスタイル提案」の源流がここにあった。
 そして西武百貨店やパルコなどの小売業にセゾン文化を巧に絡ませ、大衆に精神の豊かさを提案するという壮大な実験に、堤は乗り出した。
 必要な物資を効率的に国民に提供するという物不足の時代の流通業の枠を超えて、新たな流通産業を構想したセゾングループ。
 これが、歴史に遺した堤の大きな足跡だ。(294~295ページより)

本書の巻末で、著者は「堤ほど矛盾に満ちた存在はない」と記している。彼は大資本家の家に生まれ、企業経営者の道を歩みながらも、一方では「資本の論理」を超える「人間の論理」を提唱した。高級ブランドの伝道師でありながら、ブランドを否定する「無印良品」を生み出した。

こうした具体例は、いくらでも挙げられるというのだ。しかも己の中で葛藤する矛盾を安易に解消しようとせず、矛盾を矛盾のまま抱えて生きようとしたという。そして、安易な妥協を排し、常に自らのあり方を否定しながら前に進む。そんな姿勢から、現代の我々が学べることは多いとも著者は言う。


 堤は決して、功成り名遂げた経営者ではない。
 一代でセゾンという巨大グループを築き上げた事実は揺るがないが、最後まで悪戦苦闘を続け、グループ解体に伴って何度も苦渋を味わった。
 それでも、堤が人間の真の豊かさとは何かを追求するために、セゾングループを土台に試行錯誤を続けた経験は貴重だ。(299ページより)

堤が「辻井喬」の名で詩人、小説家として活動し、そこにも並々ならぬ情熱を注いだことはよく知られている。そして、こうして振り返ってみると、堤にとっては企業経営もまた"表現"のひとつだったのではないかとも思えてくる。結果、多くの共感を生み出すことができたのは、その表現が多くの人々の心を揺さぶったからだ。


セゾン 堤清二が見た未』
 鈴木哲也 著
 日経BP社

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。新刊『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。

ニューズウィーク日本版 豪ワーホリ残酷物語
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月9日号(9月2日発売)は「豪ワーホリ残酷物語」特集。円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代――オーストラリアで搾取される若者のリアル

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

訂正-プーチン氏への「メッセージなし」、決定を待つ

ビジネス

米製造業新規受注、7月は前月比1.3%減 航空機受

ビジネス

米メーシーズ、通期業績見通し引き上げ 高価格ブラン

ビジネス

米7月求人件数、17.6万件減 採用の伸び低調で解
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 9
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中