最新記事

フランス

サッカーの英雄が仕掛ける銀行取り付け革命

預金を引き出して銀行を潰せば真の無血革命になる──スーパースター、エリック・カントナの呼びかけに支持が急拡大

2010年12月7日(火)17時22分
トレイシー・マクニコル

人騒がせな天才 サッカー選手、俳優、慈善活動家など多くの顔をもつカントナ Nigel Roddis-Reuters

 エリック・カントナは矛盾に満ちた男だ。

 サッカー選手として超一流のキャリアを築いた一方で、野次を飛ばした相手チームのサポーターに飛び蹴りを見舞って話題をさらったこともあった。

 引退後は俳優に転じたが、映画『エリックを探して』では自分自身の役で登場。さらに億万長者でありながら、フランスを代表する貧困撲滅活動の顔でもある。

 90年代にマンチェスター・ユナイテッドで活躍した伝説的な背番号7は、イギリスで最も愛されるフランス人でもある。数々の劇的なゴールを決めてファンを魅了したカントナを、イギリス人は今も「キング・エリック」と愛情を込めて呼ぶ。

 そのカントナが今、「革命を呼ぶ男」として再び注目を浴びている。

 フランスでは10月上旬、ニコラ・サルコジ大統領の年金制度改革法案に反対する人々が連日、大規模デモを繰り広げていた。カントナはフランスのメディアに対して、銀行預金を一斉に引き出して真の革命を起こそうと呼びかけた。「現代の革命の舞台は銀行だ。近くの銀行に言ってカネを引き出そう。2000万人が預金を引き出せば、銀行システムは崩壊する。武器を使わず、血も流れない。(アルベルト・)スパジャリ流だ(スパジャリは1976年にニースで大胆な銀行強盗事件を起こした世紀の大強盗)」

 この発言はたちまちネットを駆け巡り、フェースブックには12月7日に預金を引き出すと誓った人々のグループが多数生まれている。

震え上がる銀行経営者

 カントナの謎めいた言葉が注目を集めるのは、今に始まったことではない。中でも有名なのは、サッカー人生の絶頂期にあった95年の記者会見での台詞だろう。

 対クリスタル・パレス戦で退場処分を受けたカントナは、ピッチを去る際に野次を飛ばした観客に「カンフーキック」を見舞った。会見に臨んだカントナが、フランス語訛りの英語で重々しく繰り出したのは、次のような短い釈明の言葉だけだった。「カモメがトロール漁船を追いかけるのは、イワシのおこぼれにあずかれると思うからだ。以上」

 政界や金融業界のお偉方は、意図的に取り付け騒ぎを起こそうというカントナの呼びかけなど無視すればいいと思うかもしれない。だが、この話がネット上に広がり、草の根の支持者たちがカントナの映像を20言語に翻訳するにいたって、当局も「カントナ革命」を無視できなくなりつつある。

 カントナが仕掛ける「金融革命」について質問攻めにされたフランスのクリスティーヌ・ラガルド経済財務雇用相は、「誰にでも得意分野がある」と切り返した。「彼はサッカーで見事なプレイを見せた。私はそれに対抗しようと思わない。得意な分野以外には口出ししないほうがいい」

 フランソワ・バロワン予算相も、ワールドカップで優勝した98年の代表チームにカントナが招聘されなかった話を蒸し返して、「当然、それには理由がある」と苦言を呈した。

 銀行関係者にとっては笑い事ではない。大手銀行BNPパリバを率いるボードワン・プローは、カントナの提案を「非常に危険」で「経済機能の安定に完全に相反する」と批判。フランスの銀行は「経済危機の発生に関与していない」と弁明した。

 左派の指導者たちでさえ不快感を隠さない。トロツキスト政党の労働者の闘争党を率いるナタリー・アルトーは、「問題は我々が銀行を必要としていることだ。銀行は有益な存在だ」とコメント。極左の新星として注目の政治家オリビエ・ブサンスノも「(銀行の崩壊を)夢見ている人々の多くは銀行口座に預金がない」と批判した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米給与の伸び鈍化、労働への需要減による可能性 SF

ビジネス

英中銀、ステーブルコイン規制を緩和 短国への投資6

ビジネス

KKR、航空宇宙部品メーカーをPEに22億ドルで売

ビジネス

中国自動車販売、10月は前年割れ 国内EV勢も明暗
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 8
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 9
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 10
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中