最新記事

アメリカ経済

金融危機の「主犯」は誰か

銀行家とエコノミスト、損をしたのは主に銀行家だが反省ゼロという罪の重さでは似たり寄ったりだ

2009年4月22日(水)19時53分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

主犯格? かつて「マエストロ(巨匠)」の称号を誇ったグリーンスパン Kevin Lamarque-Reuters

 世界的な規模の信用収縮と、それに続く巨額の公的資金による銀行などの救済――銀行家とエコノミストを比べた場合、こうした事態を引き起こした責任がより重いのはどちらだろうか。

 これまでのところ、非難の矛先の大半は銀行家に向けられている。一部には堅実な者もいたが、著名な銀行家のほとんど全員が、銀行を経営難に陥れるという大失態を演じた。その失態は連日、大々的に報じられている。普通に考えれば、ヘマをしたのは銀行家だ(ここで言う銀行家とは金融業界で比較的高い地位にある人々を指す)。

 だがエコノミストたちの多大な貢献がなければ、このダムマネー(愚かな投資)という失敗は起きなかった。彼らは産官学への働きかけを行い、バブルにつながるこの10年の狂気の沙汰を理論面で支え、正当化してきた。チープマネー(低金利政策)の時代からダムマネー時代へ、そしてさらなるダムマネーの時代へと移り変わるのを奨励したのも、事態がどんどん悪化していくことを予測できなかったのも、彼らだった。

 過去25年間に最大の影響力を発揮したエコノミストといえば、まず連邦準備制度理事会(FRB)のアラン・グリーンスパン前議長だ。その知性で多大な貢献をしたが、罪も多かったことが判明した。

 グリーンスパンは低金利と市場の規制緩和、金融革命の効果の三位一体説を唱え続けた。だが持続的な低金利が投機を煽ることになったし、リスク管理を手助けするはずだったツールは、かえってシステミックリスク(一部の機能不全が金融システム全体に波及するリスク)をつくりだしてしまった。規制緩和によって自由になった市場は機能不全に陥り、大規模な政府の介入が必要となった。しかもこれらの大惨事は、彼の理論のささいな欠陥ではなく、根本的な特徴が引き起こしたものだった。 

 悪いのはグリーンスパンだけではない。後継者のベン・バーナンキFRB議長やその他多くの著名なエコノミストが、我々の強欲と悪徳と失敗の知的な正当化を助けてきた。

 バーナンキは「デフレがインフレと同じくらい懸念される」から低金利政策は妥当だと語り、これは「世界規模のカネ余り」の影響だと説いた。ベアー・スターンズの主任エコノミストだったデービッド・マルパスは、米国民の貯蓄率が低くても、株や住宅などの資産の高騰が穴埋めをしてくれると楽観視していた。全米不動産協会のデービッド・レリーは住宅バブルも終盤の05年にも、「住宅の価値は少なくとも今後10年は高騰を続ける」と発言し、住宅購入をしきりに促していた。

 バブル崩壊後も、彼らの無能ぶりはひどかった。揃いも揃って、06年の夏に始まった住宅価格の下落が経済や金融システムに悪影響を及ぼすことに気付かなかった。

 グリーンスパンは06年10月に「住宅市場の最悪期は過ぎた可能性がある」と言っていたし、バーナンキは07年11月、サブプライム問題から派生する損失は1500億ドル以内に収まると推定した。グリーンスパンもバーナンキも、日々経済データを精査し、FRB内外の専門家と会っていたにもかかわらず、悪質な貸し付けというウイルスがサブプライム・ローンを越え、住宅市場も越えて、アメリカの国境よりも遥か先にまで広まっていたことをまったく知らなかったようだ。

 景気の予測は確かに難しい。だが経済が景気後退、さらに大幅な縮小へと急降下していくなか、エコノミストの予測はことごとく外れていった。

 景気後退は07年12月に始まったが、まさにその入り口だった07年第4四半期、フィラデルフィア連銀がエコノミストを対象に行った調査で、エコノミストたちは08年に米経済は2.5%成長し、毎月10万以上の新規雇用が創出されると予測した。現実には、雇用は同年に毎月失われ、経済は行き詰まり状態に陥った。

 米経済が年率6.3%のペースで縮小していた08年第4四半期半ばの同調査では、彼らは同四半期の成長予測を年率0.7%のプラスから2.9%のマイナス成長へと下方修正し、09年第1四半期には失業率が7%に達すると予測した。現実には09年3月までに、失業率は8.5%に悪化した。彼らが適切な疑問を抱かず、正しい指標に目を向けていなかったのは明らかだ。

 エコノミストたちは、民間企業の役にも立てなかった。米経済研究所の所長兼CEO(最高経営責任者)マーティン・フェルドスタインは、20年にわたって米保険最大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)の取締役を務め、08年には同取締役会の財務委員会や規制・法令順守・法務委員会のメンバーだった(これはAIGが悲劇的な破綻を遂げる原因となった分野だが)。伝説的エコノミスト、ヘンリー・カウフマンはリーマン・ブラザーズが経営破綻したとき、同社の財務・リスク委員会の委員長だった。

 エコノミストに、CEOや銀行家が持っていない洞察力を期待するのは理不尽なのだろうか。もしかしたら、そうなのかもしれない。

 だが、エコノミストたちの失敗は、たまたまの失敗というよりは職業的な理由に由来するミスだったかもしれないのだ。多くのエコノミストが信奉している「効率的な市場システムは合理的な参加者や自社の価値を守るために行動する企業幹部が大部分を占めている(それが自由な市場の安全ネットとなる)」という世界観はバブルの前で役に立たなかった。そして、そんな世界観は時代遅れになり、今度は社会学や人類学、心理学や古典派経済学をもとにした新しい世界観が取って代わりつつある。いま人気を博しつつある行動経済学者たちは、自分たちにとって今の状態は意外な結果ではなかった、と当然のように言うだろう。

 さて、最初の問いに戻ろう。銀行家とエコノミスト、より責任が重いのはどちらだろうか。

 銀行家のほうが失ったものは大きい。エコノミストよりもはるかに金持ちだったからだ。名声という点では、銀行家もエコノミストも同じだけのものを失ったと思う。だが、両者の共通点がひとつある。経済の崩壊について、ほとんど反省していないことだ。

 グリーンスパンにしても、自分の理論に「欠陥をひとつ見つけた」と認めるのがせいぜいだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マスク氏、政府職を離れても「トランプ氏の側近」 退

ビジネス

米国株式市場=S&P500ほぼ横ばい、月間では23

ワールド

トランプ氏の核施設破壊発言、「レッドライン越え」=

ビジネス

NY外為市場=ドルまちまち、対円では24年12月以
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プーチンに、米共和党幹部やMAGA派にも対ロ強硬論が台頭
  • 3
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言ってがっかりした」
  • 4
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 5
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 6
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
  • 7
    「これは拷問」「クマ用の回転寿司」...ローラーコー…
  • 8
    ワニにかまれた直後、警官に射殺された男性...現場と…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」時代の厳しすぎる現実
  • 3
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多い国はどこ?
  • 4
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 5
    アメリカよりもヨーロッパ...「氷の島」グリーンラン…
  • 6
    デンゼル・ワシントンを激怒させたカメラマンの「非…
  • 7
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 8
    友達と疎遠になったあなたへ...見直したい「大人の友…
  • 9
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 6
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中